№109「ヒートショックプロテイン(HSPs)の新しい役割」
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           №109「ヒートショックプロテイン(HSPs)の新しい役割」
         




近年、進行した口腔癌の治療において、化学療法や放射線療法と温熱療法(ハイパーサーミア)の併用療法が行なわれるケースがあります。

温熱療法とは癌細胞が正常細胞に比べて熱に弱いという性質を利用した治療法ですが、もともとは顔にできた肉腫が、患者さんが丹毒という高熱を発生する病気にかかった後に消えてしまったことなどから注目されるようになりました。

最近、温熱療法が有効である理由として、癌細胞の易熱性の他に、適切な加温により誘導される熱ショック蛋白質(ヒートショックプロテインprotective heat shock proteins)と呼ばれている蛋白質が重要な役目を果たしていることが分ってきました。

熱ショック蛋白質は抗原提示を促進し、リンパ球活性を高め、全身の免疫を賦活化します。また温熱療法は、脳内でのエンドルフィン産生を促進し、痛みを和らげることも分っています。

熱ショック蛋白質のこのような役割は、ちょうど花嫁の替え添えをする人(chaperone)に似ているためシャペロンと呼ばれます。シャペロンは「他の蛋白質が正しい折りたたみ(フォールディング)をして機能を獲得するのを助ける蛋白質」(ウィキペディアより)の総称です。

熱ショック蛋白質を産生させるには、従来考えられたていたよりも、低温で短時間の加温でも有効なことも分っており、入浴の効用やレーザー照射による創傷治癒促進効果の一部も説明できるかもしれません。

関心を集めているこの蛋白質の機能について、Scientific American( july2008 )を参考に解説してみましょう。

 < すべての細胞において熱ショック蛋白質(protective heat shock proteins)がストレスから身を守っていることは以前から知られていました。最近、熱ショック蛋白質が癌細胞や免疫システムにおいても新たな役割を果していることが分ってきました。
by PRAMOD K ARIVASTAVA

1962年、イタリアのパビア(Pavia)にある遺伝子研究所の誰かが、フルーツフライ(fruit fliesショウジョウバエ)が飼育してある保温箱(インキュベーター)の温度を少し上げました。これらの熱ショックを受けたハエの研究をしていた若い遺伝子研究者であったFerruccio Ritossaは、それらの遺伝子の独立した部分が盛り上がっていることに気がつきました。その膨らんだ外観は、遺伝子が、そのエンコード(暗号化)された蛋白質産生を引き起こす領域が活性化されたときの兆候として知られていました。これらの活性化した位置は、熱ショック蛋白質の遺伝子座として知られています。

この効果は再現できますが、ショウジョウバエに特有のものであると最初は考えられました。哺乳類やその他の生命で、それらの染色体の膨らみが表れたときに、この蛋白質が産生されていることが突き止められるまでさらに15年を要しました。現代の生物学における人目をひきつける物語の中で、何が最も確かなものであるのか、熱ショック蛋白質(heat shock proteins HSPs)はすべての生命における中心的な役割を占めると認められています。単に細胞レベルだけではなく、有機生命体とその個体群全体においてさえも。

実際、これらの至る所にある分子は、進化の過程で保存されてきた、もっとも古いサバイバルのためのメカニズムです。それらは進化自体を容易しているように見えさえしました。HSPsは熱ショックを含むストレスに満ちた条件で産生され、細胞の機能をスムースに働かせることにより、直面する逆境に個々の細胞が対処できるように助けます。

過去10年間、科学者たちは、HSPsが人間のような高度な有機生命体においてもまた追加の役割を果すことを理解しました。HSPsはがん細胞や病原体に対する私達の防御免疫に欠かすことのできないものであり、それゆえ新しい薬やワクチンの種類を増やし発展させるために価値があることを示すかもしれません。

これらの用途の広い蛋白質がいかに治療上利用されるか理解するためには、彼等が「シャペロンchaperones/介添人」として他の蛋白質に働きかける方法を観察することが役に立ちます。人間における介添人のように、HSPsは好ましくない相互作用を禁止し、願わしい相互作用を促進するというふたつの目的を持っているので、その結果、蛋白質のパートナーの間に安定した生産的な結合が形成されます。

○ Versatile Escorts 多能なエスコート



細胞の中の蛋白質はしばしばひとつだけ、または効果的に相互に作用できるごくわずかな「相手」を持っています。それは例えば受容体とそのリガンド(ligand:蛋白質と特異的に結合する物質)のような相互関係ですが、それらはおのおのが鍵と鍵穴のように振舞います。リガンドは他の受容体に対してはほとんど作用しませんし、受容体はその構造的に非常に近似した特異的なリガンドか分子によってのみ典型的な活性化反応を起します。

対照的に、熱ショック蛋白質はかなり広い範囲の顧客(クライアント)となる蛋白質と結びつく傾向があり、めまいがするように驚異的な一連の(dizzying array of)役割を成し遂げさせます。

これらの役割の中には、蛋白質の正しい形になるようにアミノ酸の鎖を折りたたむことを助ける役割、蛋白質が損傷を受けたときに分解する役割、蛋白質を予定された相手にエスコートし、邪魔者から遠ざける役割が含めることができます。

特定な事例が、これらのタスクがまさしくいかに決定的なものか注目を集め、主な熱ショック蛋白質シャペロンがそのクライアントを助ける方法について説明できます。

定められた機能を遂行する蛋白質のこの能力は、蛋白質が正しい時に正しい場所にあるばかりでなく、正しい形態をしていることに依存しています。

新たに形成されたアミノ酸鎖は、それが正しい形をとるために、助となる様々な力を必要としています。

それぞれのアミノ酸は即座に、細胞質中の水溶液に対し特徴的な反応を起します。疎水性アミノ酸は水分を嫌い、蛋白質構造体に囲まれることにより水分から逃げようとしますが、これとは反対に、親水性アミノ酸は表面に接することを好みます。

したがって、このようなメカニズムは、HSP60などの熱ショック蛋白質などが、正しい折り重なりを確実にするためにはいつも十分というわけではありません。

エール大学のArthur L. Horwich はHSP60の現在の知見の多く、つまり多様なHSP60分子で組み立てられた籠に似ている構造に関する知見を提供しています。

HSP60の内側の縁は超疎水性であり、それ故、むきだしの広がっている蛋白質の疎水性のアミノ酸を束ねるようにひきつけます。

一度、アミノ酸鎖が籠に引き入れられると、アミノ酸は親水性の内部に遭遇しますが、そこで疎水性のアミノ酸はどんな犠牲を払っても、接触を避けようとするため、罠にかかった分子は強制的にその形を変化させられます。

この過程は、一度に起こるとは限りません。タンパク質が正しく折り重ねられた形状になるまでに、罠は、何回も、タンパク質を放出したり、取り入れたりを繰り返すかもしれません。

したがってHSP60はフォールダーゼ(foldase/蛋白質の折り畳みを補助する酵素)として知られています。

逆に、HSP100蛋白質はアンフォールダーゼ(蛋白質の折り畳みを解除する酵素)です。
HSP100蛋白質はまた、多サブユニットでできたリングであり、HSP70と協力して、ダメージを負った蛋白質や好ましくない蛋白質の塊を分解することができるばかりか、また完全に折り畳まれた蛋白質の折りたたみ解除を引き起こすことさえできます。

籠に似たタイプのシャペロンでは対照的に、たいていの熱ショック蛋白質は基質(酵素により作用を受ける物質)を囲まず、L字型の突起で掴んで基質に接触しています。

例えばHSP70はペプタイドとして知られているアミノ酸の短い連鎖を直接束ねます。その分子はペプタイドが束ねられた裂け目を持っていて、その裂け目はHSP70が細胞のエネルギー源であるATP(アデノシン三リン酸)に結びついたときに開きます。しかしATPがないときは、HSP70の上の瞼(まぶた)に似たような構造は束ねたペプタイドを押さえつけ、大きな蛋白質の鎖を閉じ込めます。

色々な異なるペプタイドを掴むHSP70の能力は、多くの基本的な細胞内反応過程において、分子をシャペロンとして振舞わせ、例えば、新しいアミノ酸鎖が成熟構造になるのを助け、高温環境の中でばらばらになった複合蛋白質と保護蛋白質の集合を促進します。

熱防御蛋白質は通常環境下で細胞内活性を持つのにもかかわらず、その助けが過酷な状況下で細胞にとっていかに貴重であろうか容易に認めることができます。

危機的な状況下で、例えば、ひどい暑さや寒さ、酸素欠乏や脱水、飢餓の下で、細胞は生き残るために苦闘することになるでしょう。

臨界状態にある蛋白質は、ちょうど細胞が補充物質の大量産生を試みるように、厳しい環境により分解するかもしれません。

このような環境では、熱ショック蛋白質が必須蛋白質を救助することにより、ストレスを和らげ、ダメージを負った蛋白質を分解し、再利用し、可能な限りスムーズに細胞活動の進行を通常に保ちます。

その結果、Ritossaにより46年前に最初に証明しましたように、細胞が強いストレスに曝されたとき、細胞が起す最初の反応のひとつは、熱ショック蛋白質を増産することです。

熱ショック蛋白質のこの重要な役割は、その発見以来詳しく報告されています。1980年代に熱ショック蛋白質の知見が発表され始めましたが、けれども複雑な有機組織体のサバイバルにまさに欠かすことのできない熱ショック蛋白質の完全な機能については、ようやく知られるようになってきたところです。

○ 抗原の指紋



 私(Plamod K.Srivastava)は、インドのハイデラバードにある細胞分子生物学センターの1980年代初頭の大学院生として、1940年代から観察されたが、いまだ説明がついていない現象について興味を持ち始めていました。

たくさんの科学者が、人間が病原体に対しルーチンに免疫を持つように、げっ歯類がその腫瘍に対して免疫を持つことについて論証しました。

病原体蛋白質は外来物として哺乳類免疫機構により認識され、(そしてそれが抗原として機能する理由ですが)免疫反応を発動します。

一方、腫瘍細胞は、個人個人の細胞自身からつくられているため、抗原としての要素はあいかわらず大きなミステリーのままでした。私はこの癌特有の抗原を分離する試みを始めました。

大学院課程と博士課程終了後の仕事の間、私はgp96と呼ばれる、腫瘍への免疫学的抵抗を引き出す蛋白質を同定しました。

この蛋白質は驚くべきことに、HSP90一族のメンバーであることが判明しました。(たくさんの熱ショック蛋白質がいくつかの血縁関係のある型に入ります。)HSP90一族はがん細胞に見出されるのと同じくらい正常組織にも見出されます。

国立衛生研究所(NIH)のStephen J.Ullrichと彼の同僚は、独自に2年後に似たような観察結果を得ました。癌細胞の中に見出されたgp96分子と正常組織の中に見出されたgp96分子は、同一のアミノ酸連鎖であり、それゆえ癌細胞から派生したgp96分子は癌細胞特有のものではありませんでした。

それではgp96分子の癌細胞に対する腫瘍免疫活性の根本原理は何だったのでしょうか?

その答えは1990年に明らかになり始め、その当時マウントサイナイ医科大学にある私の研究室のポストドクター(博士研究員)であった鵜殿 平一郎(現、独立行政法人理化学研究所 横浜研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター 免疫シャペロン研究チーム チームリーダー)と私(Pramod K.Srivastava)は、HSP70が腫瘍免疫を引き出すかどうかをテストするために癌細胞からHSP70を分離していた。

私たちはそれが可能であることを発見しました。

私たちがHSP70をATP親和分離法と呼ばれる最終的な抽出段階に通した時に、最大の驚きがありました。HSP70の大変強力な腫瘍免疫活性が失われてしまったのです!

私たちは即座に、HSP70をATPに曝したことが、HSP70から、それがペプチドであると判明した要素を取り除いた原因になったことを悟りました。

その翌年にいくつかの研究グループが、HSP70がATPに触れると、どんな結びつけられたペプチドも手離すことを引き起こして、その構造を変えることを明らかにしました。

事実、研究者たちはHSP60、HSP70とHSP90一族の仲間がすべて定期的に細胞の内部で産生サレタペプチドを持ち歩くことを知りました。

そして、HSP70とHSP90は癌細胞やウイルスや結核菌感染細胞から得られたとき、ほとんどすべての段階でそれらが腫瘍特異抗原やウイルス抗原や結核菌抗原に誘導されたペプチドを生み出します。

このように、熱ショック蛋白質と連携するペプチドは、そのペプチドが由来する細胞や組織の「抗原の指紋antigenic fingerprint」を意味しています。

この特定のシャペロンの、彼等の起源となった細胞の見本ペプチドを保持する特色ある能力は、熱ショック蛋白質に、免疫システムの最も基盤となる過程における本質的な役割を与えました。それは癌細胞やウイルス感染細胞の認識です。

Tリンパ球は、抗原提示として知られている精巧なプロセスを通して、そのような細胞上の抗原を認識します。

本質的に細胞内でつくられるすべての抗原はペプチドに分解され、そのペプチドはいまだ解明されていない一連のイベントの中で、HSP60、HSP70とHSP90一族の熱ショック蛋白質と結びつきます。

これらのペプチドは結局、特別な種類の蛋白質の上に乗っかり、主要組織適合抗原Ⅰ(MHCⅠ)として知られ、ほとんどの哺乳類細胞の表面に表示されています。

(MHCクラスI分子はほとんどすべての有核細胞と血小板の細胞表面に存在する糖タンパクであり、内因性抗原を抗原提示する働きをもつ。MHCクラスI分子はさらに古典的クラスI分子(クラスIa)と非古典的クラスI分子(クラスIb)に分けられる。)

T細胞はこれらの主要組織適合抗原Ⅰ(MHCⅠ)ペプチドを認識し、すべての病気に罹った兆候を示す細胞を破壊します。

熱ショック蛋白質によるペプチドのシャペロニングは主要組織適合抗原Ⅰ(MHCⅠ)分子にそれらが乗ることにおいて本質的な役割を持ち、熱ショック蛋白質が化学的に沈黙させられているときは、主要組織適合抗原Ⅰ(MHCⅠ)分子にはペプチドがない状態にあり、T細胞により認識されることはありません。

このMHC分子による抗原提示における熱ショック蛋白質によりシャペロニングされたペプチドの役割は、1994年に同僚と私によって仮説が設けられましたが、私たちや他の研究によって真実であることは見いだされました。

ペプチドが結合した熱ショック蛋白質の抗原にシャペロンとして働く特性は、腫瘍か病原体感染細胞から由来する熱ショック蛋白質の能力の基礎になっています。

しかし、抗原提示細胞APC(Antigen Presenting Cell)として、違ったタイプの免疫細胞による相互作用として知られていますが、HSPとペプチドの複合体はまた、T細胞の仲間や敵抗原を認識するその他の決定的な役割を担っています。

○ アラームを鳴らす

  

 免疫システムの見張り役である、抗原提示細胞はたぶん全身のすべての組織に見出され、彼等は彼等の周りを取り囲むものを、近くにあるかもしれないあらゆる抗原を抗原提示することができます。

抗原提示細胞は、癌細胞や感染細胞に向かい、彼等を破壊しようとするT細胞に遭遇するものはなんでも、抗原提示します。

抗原提示細胞はペプチド結合シャペロン(HSP)の表面に受容体を運び、抗原提示することが判明しました。

最初のこのような報告はRobert J.Binderにより行なわれましたが、その時、彼は私の研究室の研究生(Graduate Student)でした。彼は現在、HSP受容体CD91により、ピッツバーグ大学の助教授です。
細胞がHSPペプチド複合体に遭遇するとき、彼等はCD91の入り口を通ってそれを自分のものにし、HSP-シャペロンペプチドをT細胞に抗原提示します。T細胞は増殖し、癌細胞や病原菌を撃退します。

広義に言えば、このメカニズムが、癌から分離されるHSPsが癌に対して免疫活性を得る
理由で、これに反して正常組織から分離されたHSPsが免疫活性を得ることはありません。

免疫システムへの侵入者の種類にかかわらず、HSPsはアラームとして警告しているように見えます。

コネチカット医科大学のSreyashi Basuと私は、研究室において、HSP70とHSP90一族のメンバーに触れた抗原提示細胞が、細胞にたくさんの変化を経験させる原因になるという研究を見せられました。それらの変化は、炎症を引き起こす引き金を含み、それは強力な免疫学的防御になっています。

HSPsは普通は細胞内で働きますが、科学者は時折、哺乳類の細胞がストレス下にあるとき、より抜かれたHSPsが細胞から放出されるか、小さいがかなりの量で細胞表面に提示されることを知りました。

このように存在するだけで抗原提示細胞を活性化するHSPsの能力は、細胞の外側へのHSPsの特異な出現が、危険を免疫システムに警告するメカニズムであることを暗示しているかもしれません。 
 
腫瘍への拒絶を引き出す癌から抽出するHSPペプチド複合体を用いた私の仕事は、この免疫機構に基礎を置いており、またそれぞれの患者の腫瘍は免疫学的に独自のものであるという私の信念に基づいています。

私はHSPペプチド複合体を一人一人の患者から引き出すプロセスを発展させ、そしてこれらの特異的な腫瘍関連抗原を産生する免疫システムを刺激するワクチンのように精製された形で再現しました。

このアプローチは、いくつかの癌において、一連の人間に対する初期試験(フェーズⅠ、Ⅱ)がアメリカとヨーロッパでテストされてきました。

アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア、ロシアにおけるより進んだ効力のテスト(無作為フェーズⅢ)がメラノーマと腎臓がんを持つ患者で終了しました。
これらの最近の研究は次のようなことを示しました。十分な量のHSPペプチド複合体ワクチンを投与されたメラノーマを持ち、疾患が皮膚、リンパ節と肺に限定されている患者は、化学療法を含む他の標準的な治療を受けた患者より、有意に長く生き残りました。

腎臓癌の試験投与では、いくつかの患者群で一年半以上、再発せずに生き残る期間を延ばしました。

その結果は、ロシア政府がその治療を実際の臨床使用に参加するために最初の癌ワクチンを作り出す認可を行なうには充分なものでした。

ヨーロッパにおける使用認可は、まもなく提出され、連邦食品医薬品局における認可は患者の長期間のさらなる試験結果のデータを待っています。

他方、この治療法はあたかも性器ヘルペスや結核、その他の重症感染症にこそ応用すべきように見えます。

これらの応用について調査する臨床試験が多くのステージで行なわれています。

○ Wide Influence (広汎な影響)

前常念より三俣への下降(写真 飯村基志先生)

熱ショック蛋白質をワクチンとして使うことにより、免疫系におけるその自然な効果を増幅させようとすることは、これらの用途の広い蛋白質を治療に使う方法だけではありません。

ワシントン大学のSuzanne L.Rutherfordとマサチュセッツ州ケンブリッジのホワイトヘッド生命化学研究所のSusan L.Lindquistによる研究は、いかに熱ショック蛋白質が効果的に細胞内のストレスに満ちたコンディションを和らげるかについての驚くべき実例を示しました。

彼らは、HSP90の機能が発生学的にいつショウジョウバエの中に隠されているのかを解明しましたが、膨大な数の前世の遺伝学的な突然変異が正体を曝露されました。これらは潜在的な有害作用がHSP90によって緩和されていることを暗示しています。

RutherfordとLindquistは次の点を議論しました。広範な遺伝子変異は本来、有機生命体の機能に別な方法で作用するだろうが、しかしそれは通常、明らかになりません。なぜならばHSP90がその変化を隠すからです。それは遺伝子変異の静かなバッファリングを促進する効果です。例えば、高温などにより、この緩和機能(バッファリング)が弱められたとき、多様な特色が明らかになり、それから自然な選択がそれらに働きます。

このようにHSP90は遺伝的変異を促進することにより、進化を可能にしています。

Lindquistと彼女の共同研究者たちは、新しい道筋の急速な進化におけるHSP90の役割についてそれ以上の証拠を供給しました。それは異なった種の真菌類に見られる特定薬剤に対する抵抗性のような分野に関するものです。

その結果、彼女はHSP90の種特異的インヒビター(抑制物質inhibitor:酵素活性を阻害する物質の総称)が新世代の抗生物質として用いられるかもしれないと示唆しています。

同様に、HSPsは、突然変異の蓄積に対するバッファリング(訳注;buffering:蓄積するか緩和する意味ですが、外部環境の変動からシステムを守るために外部の影響を切り離す意味でも使われます。情報工学分野、経済分野、医学、生命関連分野、社会学など専門分野により異なる意味で多義的に使用されています。)を提供すると信じられています。

癌細胞は細胞機能が異常であるがために、それだけストレスに曝されやすく、その結果、たくさんの熱ショック蛋白質を産生します。特にHSP90は癌細胞がストレスに満ちた環境で生き残る助けを果しています。

なぜならば、HSP90は他のHSPよりも、より広範な種類の細胞内信号伝達経路に作用するからです。その機能が失われると、癌細胞はストレスに対し脆弱になり、その結果、化学療法により容易に死滅します。

それ故、HSP90への特異性を増加させる薬理学的阻害剤は、化学療法剤への癌細胞の感受性を高めるために、HSP90インヒビターと化学療法剤との併用療法が癌患者で試されています。

私が癌の遺伝子治療において、HSPペプチド複合体の効果をテストした時、大量の熱ショック蛋白質による予防注射は、免疫を引き出すことができず、むしろ免疫反応を抑制してしまうという、一見、奇妙な現象に気づきました。

これらの研究は、コネチカット大学健康センターのRajiv Chandawarkerと行いましたが、熱ショック蛋白質が免疫賦活剤として機能するばかりでなく、免疫抑制剤としても機能することを示しています。

ネズミを使った研究で、私たちは、大量投与が自己免疫型Ⅰ型糖尿病と脳炎を抑制できることを見出しました。

イスラエルのレホボットにあるワイツマン科学研究所のIrun R.Cohenと彼の共同研究者たちが長い間、HSO60とそのペプチドのひとつがヒトⅠ型糖尿病の自己抗原(autoantigens)であり、それがインスリン産生細胞への免疫学的攻撃を誘発しているというアイディアを追及してきました。

臨床的な試みとして、彼等はペプチドをブロックすることで、一定の成果を挙げ、人におけるさらなる試みが現在進行中です。

熱ショック蛋白質の雑多な役割が、色々な疾病の治療における、彼等を魅力的な存在にしていますが、その超普遍性は危険性をも高めています。熱ショック蛋白質濃度を変えることに狙いを定めた薬剤は、蛋白質に依拠する多くの身体のシステムを障害する危険を冒しています。

それにもかかわらず、薬を開発する歴史は、受け入れがたい副作用を引き起こすことなく、必須蛋白質を調製することを学んだ科学者たちの例で一杯です。そして熱ショック蛋白質は、機が熟して、確実に、成長しつつある応用リストの中心にあります。

より広い観点から見ても、これらの原始的で、豊富に存在する分子たちが生命の夜明け前から維持されてきました。その理由は、蛋白質を生命体の中に取り入れることを助け、その分解も助け、原始環境の多くのストレスから脆弱な蛋白質を守り、突然変異の混乱した影響から細胞を保護していることを私たちが知っているように、熱ショック蛋白質は生命の基本的なインフラストラクチャーに必須のものだからです。

より新しい生物学的な機能が免疫のように表れたとき、進化の過程は、抗原提示において熱ショック蛋白質を使うことによって、すでに豊富に持っていたものに関する役割をつくりました。

私たちは、おの不思議な分子の機能のすべてについて完全に解明しつつあるのではないかと思っています。

生命の働きについてのより以上の洞察が得られたら、勤勉なシャペロンの以前には想像できなかった役割が明らかになりそうです。>


現在、熱ショック蛋白質の阻害剤、誘発剤、ワクチンなどの臨床応用が研究されています。

○ ストレス反応を支える一群のタンパク質であるヒートショックプロテイン(HSPs)は、普段は分子シャペロンとしてタンパク質の介添え役を果たしていますが、環境変化に対しては抵抗性を誘導します。
○ いままで、レーザー照射の創傷治癒促進効果やハイパーサーミアや温泉療法の効果はなぜ生まれるのか、明確な説明はありませんでしたが、ヒートショックプロテインの多彩な効果がその背景にあることがはっきりしてきたと言っても過言ではありません。歯科治療で対象とする歯周病菌による感染症の治療やインプラント手術の無注水化、その他の手術創や炎症治療、それからなによりも口腔癌のケモセラピーに関して、熱ショック蛋白質医学の考え方が応用できるようになるかもしれません。
○ いずれにしても歯科医療が包含される医学全体の基礎的な動向にいつも目を配っておくことは決して無駄なことではないと思われます。


主な出典はScientific American( july2008 ) ですが、この原稿はかなり意訳・誤訳されており、内容は必ずしも正確ではありませんので注意してお読みください。
 



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