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№115「南部・小林・益川三氏ノーベル物理学賞受賞」
日経平均が9203円に下落し、ブラックマンデー、スターリン暴落に継ぐ過去3番目の下落率を演じ、実体経済に徐々にマイナスの影響が波及する中で、日本人二氏と日系アメリカ人一人のノーベル物理学賞受賞という久々の明るいニュースが飛び込んできました。
(さらに10月8日には元米海洋生物学上席研究員の下村脩氏が緑色蛍光タンパク質(GFP)の発見とその開発で化学賞を受賞したとの発表がありました。)
10月7日、南部陽一郎名誉教授(87歳米国に帰化、シカゴ大学)は素粒子の「自発性対象性の破れ」、小林誠名誉教授(64歳、高エネルギー加速器研究機構)と益川敏英教授(68歳、京都産業大学理学部)は「CP対称性の破れの起源発見」で2008年ノーベル物理学賞を受賞したと、スウェーデン王立科学アカデミーが発表しました。
核子をつなぎ原子核を安定させる(強い相互作用)π中間子の存在を予想した湯川英樹博士や、長多時間理論やくりこみ理論などで量子電磁力学に貢献した朝永振一郎博士など、伝統的に素粒子学に強かった前世紀の日本人物理学の系譜を継いだ快挙だと評価できます。
ただし対象となった論文が発表されたのが、南部氏の場合が1960年代、小林・益川両氏の場合が1973年であり、現在の日本の理論物理学の水準を示しているわけではないことを承知しておく必要があります。
理科離れが進み、理科系技術者の生涯賃金が文科系よりも優位に下回る日本社会の評価の下で、どれだけ優秀な人材が金融工学や国家公務員でなく技術者や理科系の研究者を目指してくれるのか疑問があります。
小林、益川理論が発見されたいきさつについて、益川氏は、益川氏が次々と思いつくアイディアを小林氏が実験結果と比べ否定する繰り返しの中で創られたと説明した上で、「六つのクォークモデルを思いついたのは、風呂に入っていた時のことだった。湯につかりながら、四つのクォークをあきらめようと思いたったその瞬間、六つにすればうまくいくとひらめいた。計算も何も必要なかった。その瞬間、自明であることが確信できた。湯船から出た時には、小林・益川理論の骨格はもうできあがっていた。」とブレークスルーの瞬間の妙について言及されています。
従来、紙と鉛筆と頭脳で生み出された理論物理学の仮説が実験物理学で実証されて物理学は進歩してきましたが、取り扱う素粒子がより高エネルギーで不安定なものになるにつれて、理論が確かめられるまで40~50年もの長いタイムラグがあることがふつうになってしまっています。
巨大加速器の建設など、メガプロジェクトが主流になってしまった実験物理学の現状を考えると、もう日本人が得意としてきた素粒子物理学の仮説が、研究者が生きている間に証明されることは困難になった可能性があります。
生前授与を原則とするノーベル賞に理論物理学の分野で日本人が受賞者を出すのはこれが最後になるのではないでしょうか。
現在、この世界の物質は17種類の素粒子(標準理論)でできていると考えられています。そのうち最後の「神の素粒子」であるヒッグス粒子を検出するために、世界最大の巨大加速器LHC(大型ハドロン衝突型加速器)が10月10日から稼働を開始しました。
LHCは世界の数千人の科学者が携わり、5500億円の巨費を費やして建設されました。日本も138億5千万円を出資し、多数の研究者が検出装置のATLASで研究に参加しています。
CERN(欧州合同素粒子原子核研究機構)の手により企画されたLHCは、スイスとフランスの国境をまたがる地下100mから150mに山手線と同じ円周(全周27km)の地下トンネルを掘削し、電磁石を並べて強力な磁界をかけ、液体ヘリウムでセ氏マイナス271.3度(カ氏マイナス456.3度)に冷却された真空のチューブの中を高エネルギーの陽子ビームを光速に近くまで加速して正面衝突させます。
ビックバン直後にはすべての素粒子が質量を持たず光速で飛び回っていたと考えられていますが、宇宙開闢の一兆分の一秒後の状態を再現しようとしています。
宇宙の温度が低下するにつれて、クォークや電子などの素粒子のヒッグス場に対する抵抗が生まれ、質量が初めて生まれたとされ、このヒッグス場を構成するヒッグス粒子を発見することが期待されています。
宇宙の理の核心に迫ろうとする研究は、人が自らの根源を追い求めようとする知性の持つ本能のようなものだと考えられます。
奇しくも、去る10月8日、金融危機に喘ぐアイスランドがロシアから5500億円の緊急融資を受けるというニュースが飛び込んできました。5500億円という金額は、日本においては全国展開する家電量販店の年商程度ですが、アフリカや中央アジアのいくつかの国々の国家予算をはるかに上回る金額です。
(例えば2007年度のGDPが55億ドル以上ある国家は地球上に131カ国ありますが、およそ50カ国は55億ドル以下であり、179位のキリバスにおいては0.7億ドルにすぎません。⇒http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E3%81%AE%E5%9B%BD%E5%86%85%E7%B7%8F%E7%94%9F%E7%94%A3%E9%A0%86%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88#.E5.90.8D.E7.9B.AEGDP)
膨大な予算を人類が共存する未来を築くために使うのか、人類の存在証明のために使うのか、関係者は常に世界中の民衆にその研究の持つ意義を説明できる必要があります。
今、日本においても益々経済不況の影は深刻になり、セーフティーネットとしての機能を持つ社会福祉の存立が危うくなっています。政策のプライオリティー(優先順位)をどこにおくのか、国家としての体面を保つことが肝要なのか、それとも国民の幸福や安心を保証することに重きを置くべきなのか、政治の第一の役目は、予算の優先順位の設定とそれに対して確かな言葉で国民を説得することにあります。
とめどなく進む少子高齢化社会の進行にただ身を任せるのか、何か積極的で有効な策を模索するのか、確かな日本の未来像を語れる政治家に明日の国政を委ねたいと願う昨今であります。
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