№121「しし喰う報い」法の埒外におかれる輸入技工物
本文へジャンプ 10月27日 
 ホーム  お口の話歯のハナシ

  
      №121「しし喰う報い」法の埒外におかれる輸入技工物


 平成20年10月26日現在、いわゆる「中国毒餃子事件」の犯人は事件発生から10ヶ月経過した今もいまだに判明せず、直接加害者から被害者への補償や謝罪は行なわれていません。

今や中国製食品がなければ庶民の食生活が成り立たないところまで食材を中国に依存する、日本の食糧輸入事情ですが、その後もメラミン混入乳製品など、中国からの輸入食材に対する不安や疑念を掻き立てる事件が相次いでいます。

平成17年に制定された食育基本法に基づき食育推進基本計画が平成18年に策定され、取り組むべき施策の一つとして「地産地消の推進」が盛り込まれてはいますが、実際問題として生産者の顔の見える地場産物だけで食卓を彩るということは、基本的にとても高価で贅沢な選択になっています。

日本の食料自給率低下の原因には、産業構造転換に失敗した日本の農政があるとする意見があります。

「三ちゃん農業」で狭い耕地での低い生産性と収益力を改善できない構造には産業としての将来性が期待できないと断じ、「農家に土地を手放させ」、「大企業と限定された担い手による競争力を持った農業」に転換させることにより、農業の工業化を図るべしという考え方です。

しかし、宮沢賢治が「農は国の基」と著したように、農政には経済効率だけの追求だけでは解決できない文化や安全保障の問題が絡んできます。

例えば仮に国内農業の大半がトヨタなどの大企業が管理・運営する「農産物生産工場」に集約できたとしても、結局は人件費や地価の安い海外農産物には勝てず、その開発された生産技術は海外に移転され、国内の「農業工場」は空洞化し、国際政治情勢が激変すれば国民は翌日から飢えることになりかねません。

○ 厳しい抑制的な社会保障政策の中で、歯科医療においても日本の農業と同様な関連業界の縮小と荒廃が進んでいます。

特に近年、歯科技工士の志望者は減少し、歯科技工からの若年離職者が相次ぐ事態になっています。

昨日、技工士さん、歯科衛生士さんを養成する、ある短期大学の学長さんとお話する機会があったのですが、そのお話によると健康保険の給付項目に歯科衛生士による口腔衛生指導や専門的機械的歯面清掃などへの評価が導入されてから、歯科衛生士さんたちのモチベーションは高まったのですが、技工士科の定員割れが続いているそうです。

若者は常に、将来性の感じられる、経済的にも恵まれた、夢をもてる職種を求めていますから、現在の閉塞状況下にある歯科関連業界の下で将来を築こうとする人が少なくなるのは不思議ではありません。

夢を持てない業界からは優秀な人材が去り、やがてはその産業自体が壊滅していきます。

しかし歯科医療の要である冠やブリッジや義歯などの「補綴物」を安全管理に目の届く国内で生産できなくなり、すべて海外に依存するようになったらどんな事態に陥るのでしょうか?

現在、健康保険で給付される歯科補綴物は、日本の国家試験に合格した歯科技工士と言う国家資格を持っている専門家か歯科医師により製作されたものでなくてはならず、また使用される歯科材料も厳しい日本の安全基準に従ったものに限定されています。従って保険内の冠やブリッジや義歯については、国外の技工所で製作された補綴物を使用すれば法律に触れることになります。

しかし、この原則は保険外の補綴物には適用されません。言い換えれば、保険外の冠や義歯に関しては安全基準が存在せず、国内で認可されていない歯科材料や技術が用いられていても、それを規制する法律はなく、安全性に関しては野放しになっています。

これは信じがたい話だと思われる方もいらっしゃるのではないかと思います。

2006年10月24日の日本歯科新聞の記事によれば、同13日、民主党の大久保努参議院議員からの「近年、国外で歯科技工物を作成し、これを輸入して患者に供する事例が散見される。国外で作製された歯科技工物は歯科技工士法の定めた有資格者が作製したものではない場合が多いから、安全性が的確に担保されておらず、口腔及び身体に重大な問題を及ぼしかねない。…」「国外作製物の濫用は歯科技工士法の目的から逸脱することになりかねないのではないか」「平成8年度から17年度までの国外で作製された技工物の輸入量及び輸入金額」「国外作製物は保険診療でも認めているのか」「歯科技工指示書の交付の必要性」「輸入時等における検査体制」「事故の際の補償」などについて質問し、厚労省が回答しています。
1. 国外で作製された技工物の輸入量及び輸入金は?⇒把握していない。

2. 国外作製物の濫用は歯科技工士法の目的から逸脱することになりかねないのではないか?

⇒補綴物の作成に係わる制度は国によって様々であり、また国外で補綴物等を作成する者の知識及び技術の水準も様々であるため、国外作製補綴物を用いることのみをもって、直ちに国内の歯科技工士との公平性に欠けることにはならないと考える。また歯科医療においてどのような補綴物等を用いることについては、個別の事例に応じて歯科医師により適切に判断されるべきものであり、国外作製補綴物等を用いることのみをもって、直ちに歯科技工士法の目的から逸脱することにはならないと考える。

3. 「国外で作製された補綴物の取り扱いについて」(平成17年9月8日付け医政歯発第0908001号厚生労働省医政局歯科保健課長通知(⇒※①)では、「国外で作成された補てつ物等を病院又は診療所の歯科医師が輸入し、患者に供する場合は、患者に対して特に以下の点についての十分な情報提供を行い、患者の理解と同意を得るとともに、良質かつ適切な歯科医療を行うよう努めること。」とされ、守るべき七点が留意事項として示されている。この通知が守られ、患者への説明が適時、かつ適正になされているか?

⇒ 個々の患者に対してどのような説明が行なわれているか等については承知していないが、厚生労働省においては、「国外で作成された補てつ物等の取り扱いについて」を各都道府県に通知しているところであり、今後とも通知の周知徹底に努めてまいりたい。

4. 国外作成物は自費診療のみに作成を認めているのか?あるいは保険診療にも認めているのか?

⇒ お尋ねの国外作成補綴物等については、老人保健法第六条第一号各号に掲げる医療保険各法による療養の給付または同法による医療の対象になっていない。

5. 本法第十八条では、歯科技工は指示書によらなければならないことを定めているが、国外作成物の作成過程において、この指示書が適時かつ適正に交付されているのか明らかにされたい。あわせて本法第十九条に定められている指示書の保存義務が、国外作成物においても厳正に守られているのか?

⇒ 国外で補綴物等を作成するものに補綴物等の作成を指示する歯科医師に対して、歯科医師法第十八条の指示書の交付義務は課されておらず、また国外で補綴物等を作成した者に対して、同条の指示書の保存義務は課されていない。

6. 国外作成物の中には、日本の法令では認められていない物質が使用されている可能性がある。国外作成物にも、国内において本法の下で適正に作成されて歯科技工物と同等の品質と安全性を要求するとすれば、輸入時あるいは歯科医師、患者への提供時等に厳正な検査が必要であると考えられるが、現行の検査体制について明らかにされたい。

⇒ 国外作成補綴物等を輸入される場合及び国外作成補綴物等を歯科医師、患者へ提供する場合において、国内で作成された補綴物と同等の品質と安全性を担保するための検査に係わる法令上の規制は存在しないが、歯科技工については、患者を治療する歯科医師が歯科医学的知見に基づき適切に判断し、当該歯科医師の責任の下、安全性に充分配慮した上で実施されるべきものであり、今後とも通知の周知徹底に努めてまいりたい。

以下略。

○ 国外で製作された補綴物がすべて安全性に問題があるかというとそうではありません。特に健康保険の枠組みの中で30年間以上、新しい技術がほとんど取り入れてこられなかった日本の歯科保険給付内容は、歯科医療の先進国と言われるアメリカやスウェーデン等で行なわれている高額所得階層を対象に行なわれている歯科医療とは違いがあり、補綴物の種類によれば、例えばインプラント上部構造物の中の特殊な冠やブリッジの一部などでは、数年前まで日本国内では作成することができず、スウェーデンやシンガポールで作成した補綴物を輸入する以外に治療応用が難しいものもありました。

また中国の深圳や上海にある一部の大型技工所には、日本の技工所と同等以上の技術力を有するものがあり、一概に中国製の補綴物だから危険であるとは言えませんが、予防中心の歯科医療にシフトしている日本の歯科臨床の現場からのラボへの充分な情報提供はありません。

今後、自由診療を中心として海外製作補綴物への傾斜が一層強まれば、国内の技工士さんの係わる仕事は、利益率が望めない保険診療の枠内の仕事だけになり、将来に対する展望は益々失われていくものと思われます。

日本歯科医師会は海外製作補綴物輸入に関する見解を出していませんが、歯科医療の欠かすことのできないパートナーである歯科技工士という職種が国内から駆逐されてもいいのか、佐渡保護センターのトキのような運命を是認するのかどうか、明確な姿勢を打ち出すときがきているものと考えています。

目先の利益を追求するばかり、将来的に「しし喰った報い」を味わうことにならないかどうか、未来を見通した対策を立てるべきだと思います。(しし⇔神獣とされた鹿の肉)




脚注:※① < 国外で作成された補てつ物等の取り扱いについて (平成17年9月8日)

(医政歯発第0908001号)

(各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生労働省医政局歯科保健課長通知)

歯科医療の用に供する補てつ物等については、通常、患者を直接診療している病院又は診療所内において歯科医師又は歯科技工士(以下「有資格者」という。)が作成するか、病院又は診療所の歯科医師から委託を受けた歯科技工所において、歯科医師から交付された指示書に基づき有資格者が作成しているところであり、厚生労働省では、「歯科技工所の構造設備基準及び歯科技工所における歯科補てつ物等の作成等及び品質管理指針について」(平成17年3月18日付け医政発第0318003号厚生労働省医政局長通知)において、歯科技工所として遵守すべき基準等を示し、歯科補てつ物等の質の確保に取り組んでいるところです。

しかしながら、近年、インターネットの普及等に伴い、国外で作成された補てつ物等を病院又は診療所の歯科医師が輸入(輸入手続きは歯科医師自らが行う場合と個人輸入代行業者に委託する場合がある。)し、患者に供する事例が散見されています。

歯科技工については、患者を治療する歯科医師の責任の下、安全性等に十分配慮したうえで実施されるものですが、国外で作成された補てつ物等については、使用されている歯科材料の性状等が必ずしも明確でなく、また、我が国の有資格者による作成ではないことが考えられることから、補てつ物等の品質の確保の観点から、別添のような取り扱いとしますので、よろしく御了知願います。

別添

歯科疾患の治療等のために行われる歯科医療は、患者に適切な説明をした上で、歯科医師の素養に基づく高度かつ専門的な判断により適切に実施されることが原則である。

歯科医師がその歯科医学的判断及び技術によりどのような歯科医療行為を行うかについては、医療法(昭和23年法律205号)第1条の2及び第1条の4に基づき、患者の意思や心身の状態、現在得られている歯科医学的知見等も踏まえつつ、個々の事例に即して適切に判断されるべきものであるが、国外で作成された補てつ物等を病院又は診療所の歯科医師が輸入し、患者に供する場合は、患者に対して特に以下の点についての十分な情報提供を行い、患者の理解と同意を得るとともに、良質かつ適切な歯科医療を行うよう努めること。

1) 当該補てつ物等の設計

2) 当該補てつ物等の作成方法

3) 使用材料(原材料等)

4) 使用材料の安全性に関する情報

5) 当該補てつ物等の科学的知見に基づく有効性及び安全性に関する情報

6) 当該補てつ物等の国内外での使用実績等

7) その他、患者に対し必要な情報 >




本当は鹿の肉の写真を用意したかったのですが、できませんでした。