№131「A double edged sword.(諸刃の剣)」ステロイドを再考する

本文へジャンプ 12月24日 
 ホーム  お口の話歯のハナシ

  
 №131「A double edged sword.(諸刃の剣)」ステロイドを再考する


 


 先日、怖い経験をしました。

もう診療室を閉めようと後片付けを始めたときに、急患で飛び込んできた40歳の男性の患者さんがいらっしゃいました。

二週間前より右側上顎前歯部に強い痛みがあったそうですが、仕事が忙しくてあちこち飛び歩いているうちに受診機会が遅れ、鎮痛剤で痛みを紛らわしていたそうです。
以下に概要を述べますが、患者さんの個人情報にかかわることなので、内容は改変してあります。

○主訴:歯痛、歯茎の痛み
1~2週間前より上顎前歯、右上、右下、下前歯の歯と歯肉が痛い。
冷たいものや温かいものがしみる。
痛み止め(ボルタレン)を飲んでも頬骨のあたりまで痛い。
主な既往歴と生活習慣:タバコ40本×20年 尿酸値7.5㎎/dl(正常値は7.0㎎/dl以下) 職場検診で肝機能低下を指摘されています。毎日晩酌習慣あり。間食はしない。

お口の中を拝見するともう抜歯するしかない5本の残根の他に、治療すれば保存可能な4本のむし歯が認められます。上顎前歯部の歯肉は赤黒く変色し、右上の根管治療が中断したままの犬歯に強い打診が認められました。



レントゲン写真では、3|に大きな根尖病巣が認められたため、根尖膿瘍の急性化と診断し、犬歯の根管開放と同時にむし歯の進んだ右上大臼歯の残根を抜歯し、セフェム系のメイアクトという抗菌剤を処方しました。

翌日の洗浄時にはすっかり痛みがなくなっていたため、安心していたところ、数日後にまた右顔面の痛みを訴え来院され、顔全体が紅潮し、体温も38度あり、悪寒が現れていました。犬歯の開放根管も閉鎖しておらずドレーン(膿瘍の排出孔)としての役割を果たしていましたが、炎症は明らかに拡大しています。

一瞬、蜂窩織炎(cellulits、phlegmonフレグモーネ)という嫌な病名が意識を掠めましたが、気をとりなおして、問診で見落としたことがないか再度よく聞いてみると、実は初診で歯科医院に来た翌日に、耳の痛みを治療するために耳鼻科を受診し、プレドニンを一日量60㎎処方してもらい、ずっと内服していたそうです。
(⇒http://www.ne.jp/asahi/fumi/dental/symptom/phlegmon.html

結局、病院へ紹介し抗菌剤の点滴を行ってもらうことになりましたが、初診時の問診だけで安心していたらだめなことが身にしみたケースでした。治療途中に患者さんの投薬内容や基礎疾患の状態が変化していないかどうか注意深く観察・問診する必要性をあらためて感じさせられました。

○ プレドニン(成分プレドニゾロン)はステロイド剤(副腎皮質ホルモンと同様の働きを持つ薬)の商品名であり、炎症を抑え免疫系を抑制する働きをもつため、アレルギー性疾患の治療や今回のように炎症時に用いられます。

耳鼻科領域では、急性中耳炎、慢性中耳炎、浸出性中耳炎などの治療に効能が謳われています。

しかし感染症のある場合に悪化させてしまうことがありますし、新たな感染症を誘発してしまう場合もあります。



ステロイドの副作用は非常に多彩で、発汗、下痢、食欲不振、食欲亢進、体重増加、にきび、不眠、嘔吐、悪心・口渇、色素沈着、動脈硬化、糖尿病の進行、高脂血症、眼圧の亢進、高血圧、大腿骨骨頭壊死、血栓、ムーンフェイス(moon face満月様顔貌)、野牛肩(肩に脂肪がつく)、中心性肥満、顔面紅斑、知覚過敏(冷たいものが歯にしみる)、感染症、いらいら感、不眠、消化不良、下痢、吐き気、食欲増進、にきび、 むくみ、生理不順、うつ状態の亢進、骨粗鬆症、ステロイド筋症、白内障、緑内障、胃潰瘍、副腎不全などが記述されています。

また一度に急に中断するとさぼっていた副腎機能がすぐに回復しないために、強い欝やだるさなどの中断症状が出やすくなります。

慢性関節リウマチなどの膠原病やアトピー性皮膚炎、ネフローゼなどではステロイド療法は必須であり、その強力な抗炎症作用はここ一番というときに頼りにされ、症状が重く緊急性のあるときはパルス療法として一日500~1000mgの投与を行うことがあります。一錠5㎎のプレドニンに換算すれば250錠分になります。

私達の身体はストレスを加えられ、不安や恐怖や怒りを覚える度に、副腎皮質から糖質コルチコイド(コルチゾール、コルチコステロン、コルチゾン)を放出します。もし副腎が機能しない状態で強いストレスに曝されると死んでしまうことがあります。

このうち、ステロイドホルモンの薬理効果の95%を担うコルチゾール(ハイドロコーチゾン)は強い抗炎症作用をもち、ストレスに対抗するとともに、ブドウ糖や脂肪、蛋白質の合成・分解促進などの代謝も調節しています。

もしコルチゾールが過剰に分泌されると、クッシング症候群(30~40代の女性に多い、ムーンフェイス、手足が細いままで腹や胸に脂肪がつく中心性肥満、高血圧、糖尿病、月経異常など)になります。

また強いストレスによりコルチゾールが大量に分泌されると脳の短期記憶を司る海馬という部分の神経細胞が萎縮してしまうことが分っています。(⇒PTSD)

コルチゾールの分泌が低下すると低血糖、脱力感、痩せるなどの症状が現れます。

血中コルチゾールの基準値:4.0~23.3ug/ml (午前8:00~10:00)
尿中コルチゾール:26.0~187.0μg/日

コルチゾールの副作用をできるだけ抑えたものとして合成されたのがプレドニゾロンです。

プレドニゾロンは糖新生作用や抗炎症作用がコルチゾールより強いのですが、脳下垂体におけるACTH(副腎皮質刺激ホルモン)分泌抑制作用はコルチゾールに比べ少し弱くなっています。全身投与でも投与期間が4日程度なら危険性は少ないと言われています。

強い怒りや悲しみ、焦燥感などのストレスを常時感じている人は、副腎から大量のコルチゾールが分泌されるために、動脈硬化が進みやすく、高血糖や肥満、糖尿病などに苦しむことになります。

負けず嫌いで妥協せずに、ばりばり働くがリラックスができない、いわゆるA型性格の人が狭心症や心筋梗塞にかかりやすい原因や、オリンピックなどの本番が近づくと風邪などの感染症にかかりやすくなる選手ではコルチゾールの作用が強く出ていると考えられます。

「病は気から」とは言い古された言葉ですが、分っていてもなかなか自分の性格を治せないところに生活習慣病が増える一因があります。

以上のようなわけで、歯科医院に通われている患者さんは、担当の歯科医がしつこく投薬内容を確認してきても、決して怒らずに答えてあげてください。彼等のコルチゾール分泌を抑制してあげるためにも…



参考文献:「生理学テキスト」大地陸男著