2011年8月25日更新
        歯周病患者へのインプラント治療 

    「特定非営利活動法人 日本歯周病学会編 歯周病患者におけるインプラント治療の指針 2008」2頁より転載
             
         
           
 
インプラント治療に対する成功の基準(トロント会議 1998年)
 
 1.疼痛、不快感、知覚異常、および感染がない。
 2.個々のインプラント体に動揺がない。
 3.負荷1年経過後の垂直的骨吸収量が0.2o/年以下。
 4.患者および術者の双方が機能的、審美的に満足している。

 歯周病患者へのインプラント治療の利点とリスク

  歯周病患者では骨レベルが低下しているために、歯の負担能力も低下している。特に歯の欠損が進んでいる場合、残っている歯も義歯の鉤歯(バネをかける歯)として十分な機能を果たせない場合が多い。このようなときに、インプラントを埋入することにより、以下のような利点が期待できる。

1)顎骨に支持された強固な欠損補綴装置

2)支台歯(冠をかぶせる歯)や維持歯(義歯のバネのかかる歯)に対する補綴的な負担軽減

3)咬合(咬み合わせ)の安定

4)天然歯をく削らないで済むこと。

5)咀嚼効率の向上

6)審美的な改善

7)アタッチメントロスのある歯(支えている歯槽骨の失われた歯)の保護

8)咬み合わせの乱れた口腔内へ適正な咬合を確立Dけいる。

 無歯顎者へのインプラント治療でインプラントへの感染は少ないが、有歯顎者でインプラント治療が失敗した症例では、インプラント周囲細菌叢からグラム陰性菌やスピロヘータが発見され、歯周病に罹患している隣在歯の歯周ポケットからインプラントへの感染はすばやく進行することが知られている。

歯周病治療が適切に行われていない患者へのインプラント治療はリスクを伴う。また適切な歯周病治療が行われていても、歯周病患者では残っている歯槽骨や軟組織が不足しているため、結果的に短く、細いインプラントしか埋入できない場合がある。

Klokkevoldの調査によれば歯周病治療を受けた既往はインプラントの生存率に影響を及ぼさなかったが、歯周病治療経験のある患者は合併症(喫煙、糖尿病、骨粗鬆症など)の頻度が高く、成功率は低い傾向にあることが判明している。

歯周病患者は適切な歯周病治療を行えば、インプラントの生存率には影響はないが、成功率(インプラント周囲溝が4mm以内、bleeding on probingが陰性)には影響を及ぼすことがわかる。


 インプラント治療における歯周病学的配慮事項

 
歯周病患者の持つリスクファクター   インプラント治療へのリスク 
 歯周病原細菌の存在
 同一口腔内(残存歯)からの交叉感染
 病因・宿主・環境などの歯周病リスクファクターの存在
 同一個体であるため、歯周病と同様のリスクファクターが存在
 骨欠損や根分岐部病変の存在
 インプラントへの感染の波及
 残存歯の予後が不確実
 
 欠損部骨量の不足
 クラウンーインプラント・レシオ(CIレシオ)の悪化、インプラント埋入位置の制限
 軟組織レベルの低下
 審美的インプラント治療やプラークコントロールの困難化


 歯周治療初期における抜歯基準

 
1.対症療法を行っても、過度の動揺により痛くて噛めない結果、回避性咀嚼を行ってしまう場合

 2.十分なデブライドメントができない、あるいは暫間固定ができないほど進行した歯周病

 3.治療中頻繁に膿瘍が生じ、広範囲の歯周組織破壊の原因となる可能性がある場合

 4.どのような治療計画を立案したときも、利用価値が見いだせない場合

 暫間的に保存し、歯周治療後期に抜歯を行うための判断基準

 1.臼歯部の咬合高径を維持している場合⇒プロビジョナルレストレーションに置き換えられた後に抜歯。

 2.臼歯部の咬合高径を維持しており、かつ隣接領域にインプラントを埋入した後も機能している場合⇒インプラントの上部構造が装着された後に抜歯。

 3.隣接領域の歯周外科を予定している場合⇒予後不良歯は、隣在歯の歯周外科と同時に抜歯。

 インプラントに付与すべき咬合関係

 1.インプラントと天然歯が混在する場合は、軽度の噛みしめ時にはインプラント上部構造物を咬合させず、最大噛みしめ時に咬合させるのがよいとされている。
また前歯の水平被蓋は1mm以内で付与し、多少の自由度を与えるのに対し、犬歯部では水平被蓋は30〜50μm程度として、側方運動時の臼歯離開を容易にする。

 2.原則としてインプラントの上部構造物は可及的に連結固定するが、側方運動時の誘導は犬歯部で行わせ、グループファンクションとはしない。
インプラントのオフセット配列はその効果は疑問視されている。
 
 3.歯の実質欠損を長期間経ている患者では、回避性咀嚼が定着しているので、レジンまたは金属製のプロビジョナルレストレーションにより下顎位を安定させる必要がある。
 その観察期間はレジンで3〜4週間、金属で1〜3カ月である。
 
 4.天然歯が咬耗するため、インプラント上部構造物がポーセレンや硬度の高いメタルではインプラントに力が集中する。一方ハイブリッドでは周囲天然歯より早期に咬耗が進行し、咬合高径が低下するリスクがある。

  歯周病と関連する全身疾患
1.心疾患
2.糖尿病
3.肥満
4.骨粗鬆症
5.早期低体重児出産
6.誤嚥性肺炎
7.免疫疾患
8.腎疾患(人工透析患者、糖尿病性腎症)
9.HIV感染症(AIDS)

血糖コントロールの状態によるインプラント治療の適否

 指標  優  良  不十分  不良  不可
HbA1c   5.8未満  5.8〜6.5未満 6.5〜7.0未満  7.0〜8.0未満  8.0以上 
空腹時血糖値  80〜110未満  110〜130未満  130〜160 未満 130〜160未満  160以上 

インプラント治療に際してはHbA1c6.5未満、空腹時血糖値130r/dl未満にコントロールされていることが望ましい。

インプラントと生活習慣(喫煙、栄養、ストレス)
 
 喫煙は歯周病において最も主要なリスクファクターであり、インプラント治療や抜歯後の治癒を遅延させる。問診にて必ず喫煙の有無を確認し、禁煙指導または禁煙対策をする必要がある。

 栄養に関しては、ビタミンCはコラーゲン代謝や免疫反応など、ビタミンDは骨代謝との関連、またカルシウムの摂取不足は歯周組織の代謝及び歯周病に悪影響を及ぼすと考えられる。

 ストレスによる免疫応答の抑制、自律神経への作用により血液循環や唾液量の変化、さらにストレスによる生活習慣の変化などがインプラント治療の予後に影響すると思われる。

先進的検査

1.プラーク中の細菌検査(酵素抗体法、ポリメラーゼチェインリアクション(PCR)法)

2.歯周病原細菌に対する血清抗体値の検査

3.歯周ポケット浸出液の検査

4.唾液検査(唾液中の細菌検査、遊離ヘモグロビン、潜血、乳酸脱水素酵素など)

5.臨床検査(C反応性タンパク質(CRP)など)

6.遺伝子多型 (single nucleotide polymorphisms:SNPs)検査