2022年9月2日
     168「歯周病とは?なんで歯周病になるの?
 
 歯周病とは?なんで歯周病になるの?

人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり
(じんかん ごじゅうねん げてんのうちをくらぶれば ゆめまぼろしのごとくなり)
と幸若舞「敦盛」を舞ったとされる1560年(永禄3年)頃の日本人の平均寿命は、
実際は50年よりずっと短かったと思われます。
人骨から割り出された平均寿命は、安土桃山時代は30代くらいではと推定され、
室町時代は15歳前後、鎌倉時代が24歳、平安時代は30歳、飛鳥・奈良時代が28〜33歳、
古墳・弥生時代が10〜20代、そして縄文・旧石器時代が15歳前後であると言われています。

ちなみに1947年(昭和22年)の日本人の平均余命は、男性が50.06歳、女性が53.96歳です。
(cf.厚労省 「平均余命の年次推移」)

最近は人生100年時代を想定に入れた人生設計が推奨される時代になりましたが、
残念ながら歯と目の寿命と、良質な睡眠を保つ仕組みの寿命はどれほど長くありません。

徐々に歯は失われ、歯を支える顎骨は萎縮し、食べ物を噛み砕き、飲み込むために必要な筋力は
弱り、唾液の分泌量は減り、咀嚼や嚥下に必要な神経の反射機構も衰えます。
40代から目の老化が始まり、遠視や白内障、緑内障、加齢黄斑変性などが代表的なものです。
睡眠も、大脳を休めるための深い眠りが、50代以上では20代〜30代の半分以下に減っています。
体内時計の乱れが起こり、浅い眠りが増え、夜中にトイレに行く回数も増え、睡眠の質が悪くなるため
に熟眠感は失われ、脳の老化も進んでいきます。
呼吸や血液やリンパ液の循環、ホルモンや唾液の産生、新陳代謝、創傷治癒能力、免疫機構などの
老化も進んでいきます。

医療の進歩や衛生環境の改善や上下水道や労働環境などの社会的なファンダメンタルの向上により、平均寿命は延びているかもしれませんが、身体の部品や機能はそれほど長持ちしないため、不具合に苦しみながら、生活の質が劣化した晩年を過ごすことになります。

主な歯を失う原因は4つで、むし歯と歯周病と歯根破折と矯正治療などの理由で行われる抜歯です。

 むし歯は幼児期と学童期になりやすいのですが、唾液分泌が減る高齢者になると再び増えます。
骨が萎縮し、歯周病のために歯肉が退縮し、歯根が露出するために、歯根面のむし歯が増えていきます。
学童期や青年期に歯肉炎のある方は、30代〜60代に歯周病になりやすく、30代以上の3人に2人が
歯周病にかかっています。

 歯周病を起こす直接的な原因は厚くなった古いプラーク(歯垢)です。
私たちの身体には700種類を超える細菌が住み着いていますが、他にも原虫や数十種類の真菌(カビ)が棲息しています。
デンタルプラーク(歯垢)は食べ物の滓(かす)ではなく、ほぼ100%が細菌または細菌がつくりだした
ネバネバした鳥もち状の物質(グリコカリックス)によりできています。
プラーク1g中の細菌数は10の11乗、つまり1000億個とされ、プラーク細菌は歯の表面に強力に付着し、歯肉や歯槽骨、歯と歯槽骨の間の歯根膜、歯根の表面であるセメント質、つまり歯周組織と
呼ばれている部分を破壊する原因になります。
唾液1mlには1億個の細菌が含まれ、一日の唾液分泌量を1000mlとすれば、私たちは毎日1gの細菌
を飲み込むか、デンタルプラークという形で口の中にため込んでいます。
(cf.治癒の病理 臨床編第2巻)

 歯の表面を完全にきれいにしても、即座に唾液や歯肉と歯の間の溝に分泌される浸出液中の
糖タンパク(アミノ酸の一部に糖鎖が結合したもの、糖鎖はブドウ糖や果糖やガラクトースなどの単糖が結合した鎖)がくっつき薄い膜(ペリクル)が覆います。

 ペリクルの表面はお口の細菌が付着する足場となり、唾液や歯肉溝浸出液や、他の細菌の生み出した物質、はげ落ちた粘膜の細胞や死んだ白血球を栄養源とする様々な種類の細菌が付着し、
増えていきます。
間食の中に含まれる様々の糖、特に砂糖はプラーク中の細菌を著しく増加させるため、
間食回数が増えればむし歯も歯周病も進行しやすくなります。

 プラークは300種類を超える細菌の塊であり、細菌同士はお互いに自分以外の細菌の増加を抑える物質を分泌し、あるいはお互いの代謝物を利用しあうことにより共存して、一定のバランスを保つ細菌叢を形作っています。
細菌および細菌が産生する菌体外粘性多糖体(グリコカリックス)が歯の表面につくる集合体をバイオフィルムといい、バイオフィルムによって起こる病気をバイオフィルム感染症と呼んでいます。
歯周病もむし歯もバイオフィルム感染症の代表的な疾病で、バイオフィルム内には消毒薬や抗菌薬や抗体が浸透しにくく、歯周病治療のためには、機械的にバイオフィルムを破壊・除去する必要があります。
宿主の健康状態やプラークの量により、バイオフィルム内の細菌の種類と割合は変化し続けます。
 大気中の酸素は21%ですが、歯肉と歯の隙間である歯肉溝内の酸素濃度は1%程度のため、プラーク中の細菌は酸素の嫌いな嫌気性菌が主体になっていきます。
特に歯肉溝や歯肉溝よりもっと深い歯周ポケット内の細菌は、スピロヘータなどの嫌気性菌の割合が多くなります。
また思春期や妊娠中に女性ホルモンが増えると、ビタミンKで増える歯周病菌(プレボテラ・インテルメディア(PI菌))がビタミンKの替わりに女性ホルモンを発育素として利用して増殖します。これが歯周病にかかっている男女の比率が1:3で女性が多い理由になっています。

 プラーク中の嫌気性菌には、歯面や歯周組織に付着する能力を持つ細菌が多く、スピロヘータなどの運動する細菌は歯周ポケットの底に侵入し、さらには歯肉や歯槽骨の中に入り込みます。
歯周病菌は内毒素(エンドトキシン)を産生し、骨を吸収します。
また歯周組織のコラーゲンを破壊する酵素を分泌する歯周病菌や、白血球毒素を産生し、多形核白血球を破壊する歯周病菌もいます。
免疫を弱める歯周病菌や硫化水素(口臭の原因)などの細胞毒を産生するものもあり、様々な種類の歯周病菌が歯周組織を破壊する病気が、歯周病です。

 歯周病菌は、ロベルト・コッホが発見した炭疽菌や結核菌、コレラ菌のような単一の種類の細菌ではなく、お口の中に棲息する300種類の細菌の中から、歯周病に関与する細菌群を選んだ総称です。
従って歯周病菌には、病原性の強い細菌と弱い細菌のグラデーションがあり、特に病原性が強い細菌群をレッド・コンプレックスと呼んでいます。
タンネレラ・フォーサイシア(T. f.菌)、トレポネーマ・デンティコーラ(T. d.菌)、ポルフィロモナス・ジンジバリス(P. g.菌)がレッド・コンプレックスを代表する細菌です。他に若年期から急速に歯周組織の破壊が進行する侵襲性歯周炎というタイプの歯周病には、 アグリゲイティバクター・アクチノミセテムコミタンス(A. a.菌)が関与しています。 

 私たちの身体には、細菌やウイルスの増殖を防ぐバリアや仕組みがあるのに、なぜ歯周病菌は増殖し、歯肉が腫れ、歯を支える歯槽骨が破壊されるのでしょうか?

唾液中にはリゾチームやラクトフェリンなどの抗菌物質や過酸化水素が含まれ、歯肉溝浸出液中には各種免疫グロブリン(Immunoglobulin、イミュノグロブリン略称Ig:細菌やウイルスなどと結合し、それら病原体の動きを止め、白血球が細菌を食べやすい形にする)や補体(細菌の細胞膜に穴を開けて殺す、白血球を呼び寄せる)が含まれています。

しかしこれらの抗菌物質を無効にする細菌が歯周病菌であり、歯周病菌から身体を守る防御機構を負けてしまっている状態が歯周病です。

 また歯周組織の破壊は、歯周病菌の毒素や酵素による破壊とは別に、歯周病菌を迎え撃つ体内の白血球やリンパ球により起こる過剰な免疫反応により起こります。
健康な歯肉溝内には1分間に数百万個の白血球が血管から漏れ出て、細菌やその毒素の侵入を防いでいます。
しかし侵入する細菌の量が多いと、細菌の内毒素が、リンパ球やマクロファージ(体内を循環し異物を食べる細胞)や樹状細胞(白血球の一種で、木の枝のような突起を持つ。食べた細菌の特徴を他の免疫細胞に伝える)など様々の細胞を刺激し、炎症誘発性サイトカインという腫れや痛みなどを起こす微量生理活性タンパク質を分泌します。
炎症性サイトカインにより骨を壊す細胞である破骨細胞が活性化し、骨吸収が進みます。急速に進行する歯周病では、細菌の直接的な攻撃よりも、防御免疫による組織破壊のほうが大きくなります。

歯周病治療の最大で最強の武器は徹底的なプラークコントロールであることは間違いありません。
ていねいな歯磨きやデンタルフロスによる歯間部の清掃は、特に柔らかい歯肉の腫れや出血に有効です。しかし喫煙者の硬い歯肉や古い歯周ポケットにはあまり効果がありません。
歯肉縁下のプラークや歯石を除去するのは歯科衛生士さんによるルートプレーニング(汚染された歯根の表面を専用器具で清浄にする)や歯周ポケット内の薬液洗浄(イリゲーション)やポケット内薬物投与や歯周ポケット内のレーザー照射に頼ることになります。

 歯磨きをするときに注意しなくてはならないのは、歯肉を傷つけないことです。歯肉に傷がつくと、傷から体内に細菌が侵入し、歯磨きをしたのに却って歯周病が進行する結果になります。
特に炎症の激しい場合は、柔軟で腰がある歯ブラシを選び、出血させないように鏡で確認しながら歯面からプラークを取り除く必要があります。

 呼吸と睡眠、食生活、アレルギーの重症度、態癖、生活習慣、基礎疾患、常用薬及びストレスマネージメント、遺伝形質と医療環境が積み重なって、私たちの個性と疾病をつくり、寿命と健康状態を決定しています。

 デンタルプラーク(バイオフィルム)が増え、その中の病原性の強い歯周病菌の割合が大きくなるにつれて、歯周病リスクが高まりますが、宿主である私たちの免疫力や心身の健康状態が歯周病の発症や進行にも大きく係わっています。

つまり歯周病に罹患するということは、歯周病になりやすい身体の状態になっていることを意味します。

過労や老化、妊娠、喫煙や骨粗鬆症、熟眠不足、唾液分泌低下、口呼吸、抗がん剤治療、運動不足、間食、間違ったプラークコントロールや間違った衛生知識、歯科検診の不足など、様々の複合要因(リスクファクター)の集積により起こる生活履歴の結果が歯周病です。
したがって歯周病治療に当たる担当者は患者さんの診断と治療を行うときには、より広い視野と最新の医学知識を以って臨まなければなりません。また患者さんも、歯周病が全身の遠隔臓器に悪影響をもたらす重大な病気であり、全身の健康が逆に歯周病を生み出していることに留意する必要があります。