bT3 高齢者医療制度の憂鬱
本文へジャンプ 4月20日 


 平成20年4月1日から老人保健法が撤廃され、75歳以上の後期高齢者医療制度に変わりました。

この後期高齢者という名前ひとつみても、この制度を設計した人たちの高齢者に対するデリカシーのなさが露呈していますが、中身はさらに年金を頼りにして生活している人たちにとっては過酷なものになっています。

(施行日当日に福田康夫総理の指示により「長寿医療制度」に変更されましたが、厚労省によればこれは“愛称”にすぎないと弁明しています。)

2008年4月4日版の信濃毎日新聞「建設標」欄に長野市在住の金井巌さん(84歳、農業)が『冷たさを感じる高齢者医療制度』という表題で、次のような投稿をされています。

『子年生まれの私は先日、満八十四歳になった。三十アールほどのリンゴの剪定作業もようやくあとわずかになったので、新聞の折込みで入っていた政府広報「高齢者医療制度のお知らせ」を読み直してみて、まったく驚いてしまった。
 少子高齢化時代を迎えて政府がその対応に苦慮していることは分るような気がする。
しかし広報の内容は、表面的には美辞麗句でつづってあるが、その底に潜むものは「老人切捨て」の冷血そのものだと思う。
「高齢者の心身の特性に応じた医療を提供し、その医療費を国民全体で支える分りやすい仕組みをつくるためです。」としてあるが、高齢者の何%が希望しているのか?「原則として年金から徴収されます」とあるが、少ない年金で四苦八苦している高齢者の何%が賛成しているのか。
後期高齢者の人たちは、あの戦争中は地獄のような苦しい中を生き抜き、戦後は日本再建のため身を粉にして頑張ってきた年代だ。
今またこの年になって苦しめられるということは本当に情けない現実だ。』

今まで高齢者は国民保険、社会保険に加入していたわけですが、4月1日からは強制的に現在の国保、社保から脱退させられ、あらたにもうけられた『高齢者医療保険』に加入することを強いられました。

後期高齢者医療制度の対象になる方は、従来の老人保健法の対象者と変わらず、『75歳以上の方または65歳以上の一定の障害*1のある方』で、医療費の1割が自己負担となります。現役並の所得がある場合は医療費の3割を自己負担します。(2008年4月15日から年金から天引きされます。)



*1 制度上では2割としているものを、経過措置として平成20年4月〜平成21年3月末までは1割としています。それ以降については未定。

75歳以上の方は、今まで医療機関の窓口で健康保険証と老人保健法医療受給者証を提示していましたが、今度はカード式の『後期高齢者医療被保険者証』一枚を提示することになりました。

(65歳から74歳までの方は前期高齢者制度に組み込まれます。70歳未満の場合は医療費の3割を自己負担。70歳以上75歳未満の場合は、医療費の2割を自己負担することになりますが、平成21年3月までは経過処置として1割の負担になります。ただし、現役並みの所得がある場合は3割を自己負担することになります。
障害者等特別な例を除き69歳までの患者さんは一般社会保険国民健康保険であり、窓口で提出する保険証はひとつになります。
つまり70歳から74歳の患者さんは一般保険証と高齢者の保険証の2つを窓口に提出することになり、一部負担金は1割又は3割で、これはいままでどおりです。)

従来の老人保健法に基づく老人医療制度は国と都道府県、市町村の負担金及び政府管掌保険、共済組合、健康保険組合、国民健康保険等の拠出金により運営されてきましたが、後期高齢者医療では、都道府県を単位とする広域連合が保険者となります。

○ 後期高齢者医療制度の財源



○ 企業の負担軽減 今まで75歳以上の健康保険本人は保険料を本人と企業が50%ずつ負担していたわけですが、後期高齢者医療においては現役の健康保険本人も社会保険から排除されるわけで、その分企業の負担は軽減されています。
また後期高齢者医療への「支援金」の額を決める支援金調整率は、「特定健康診査」等の「目標の達成状況」を勘案して90/100〜110/100の範囲で政令により算定されます。
大企業においては、従業員の義務として検診を実施すれば、その負担率を減らすことができますが、国保など検診受診率の低さが予想される保険者では負担率が高くなるものになります。(石川県社会保障推進協議会事務局長 寺越博之氏「後期高齢者医療の概要と問題点と対策」より引用)

保険料は各広域連合単位で保険料が決定され、被保険者個人単位で課されることになり、基本として年金からの天引きになります。老人医療では家族等の被用者保険の被扶養者であった場合に追加的な保険料負担がありませんでしたが、後期高齢者医療では、被保険者ごとに保険料が課せられることになるため、その世帯では新たな負担増となります。



(直前まで被用者保険の被扶養者だった人は、今まで保険料がかからなかったのに、いきなり個人に保険料が課せられるので、制度加入時から2年間のみ均等割り額を5割軽減する激変緩和策が設けられています。)

○ 後期高齢者医療保険料=所得割+均等割り

長野県の場合は、1人当たり老人医療費が全国で最も少ない部類にあり、保険料率も低く抑えられています。



 このため、同じ所得額で計算して比較すると、保険料額も全国的に低い部類になっています。

ちなみに下記は、仙台市のホームページに掲載されています保険料の例です。

一人当たり保険料=均等割り額38,760円+所得割り額(平成19年中の基礎控除後(33万円)の総所得金額 ×7.14/100)で、保険料額の最高限度額は、50万円に決められています。

 例えば、年金支給額の年額が2,080,000円の方の場合、
【均等割額】 38,760円 ・・・(1)
【所得割額】 2,080,000円−1,200,000(公的年金等控除) =880,000円(総所得金額)
880,000円−330,000円(基礎控除)= 550,000円(基礎控除後の総所得金額)
550,000円 × 7.14/100  = 39,270円・・・(2)


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【平成20年度の年間保険料】[(1)+(2)] = 78,000円(100円未満切捨て)

になります。(仙台市の場合)

上記に対し、同じモデルケース(年金支給額の年額が2,080,000円の方)で、長野県の場合はどうでしょうか?


【長野県におけるモデルケースの均等割額】35,787円・・・(1)
長野県における所得割率:0.0653

【長野県におけるモデルケースの所得割額】35,915円・・・(2)
【長野県におけるモデルケースの平成20年度の年間保険料】

[(1)+(2)] =71,700円(100円未満端数切捨て)

仙台市の場合より一人当たり保険料は6300円安くなることになります。(長野県後期高齢者医療広域連合事務局 資格管理課保険料係ご提供の資料を引用しています。)

つまり慢性疾患の予防などを通して、長野県民の医療費総額が低くなればなるほど、一人当たりの保険料額も若干低くなるように設計されています。

○ 一般医科においては後期高齢者医療制度では「外来主治医制度」が導入されました。
これは複数の病気にかかっていることが多い高齢者がかかることのできる医療機関を原則、一医療機関に限定し、複数の医療機関にかからせないことにより、医療費の抑制を行なうための制度です。ただし主治医を選ぶかどうかは患者さんに任せられています。患者さんは「外来主治医」から一年間の治療計画である「高齢者総合診療計画」を渡され、糖尿病や脳血管疾患の治療においては患者さんから「高齢者総合診療計画」への署名が必要になります。

○ 診療報酬の上限制(定額制)
さらに一般医科では、検査や画像診断は何回か実施しても、一定の「医学管理料」しか支払われないことになりました。


年金制度は、納めた年金が「消えてしまい」、保険庁の職員に横領されたり、グリーンピアなどの目的外保養施設などに使いまわしされたりして、事実上破綻しているにもかかわらず、その十分な責任追及と完全な後始末も完了しないうちに、年金からの天引きだけはしっかりと行なうわけですから、高齢者も馬鹿にされたものです。

財政赤字の悪化、少子高齢化の進展により高齢者医療の財政負担が次第に重荷になってきたため、高齢者医療費の抑制を目的に平成18年6月21日に「高齢者の医療の確保に関する法律」として高齢者医療制度が設けられたわけで、市場原理主義政策を推し進めた小泉元首相と竹中平蔵元経済財政担当大臣の置き土産です。

 結局、財政諮問会議と小泉・竹中両氏が推し進めた構造改革の果実を食んだのは、財界の一部だけで、一般生活者としての国民各層にはなんの恩恵ももたらされることはなく、国内総支出の過半を占める個人消費の回復には結びついていません。

 財界や政府の目指した改革は、「人間にやさしい資本主義(奥田碩氏)」という仮面を標榜していましたが、実際は弱肉強食社会を正当化するために新自由主義哲学という装いで偽装しているにすぎません。

 例えば総合規制改革会議議長を務めたオリックス代表取締役会長兼グループCEO宮内義彦は,「鉛筆型の人事戦略」を唱えています。

 つまりコアになるエリート社員を鉛筆の芯のようにできるだけ細く選別し、周囲の木の部分に成功報酬型の社員を置き、さらにその周縁にパートタイマーや業務の外部委託(アウトソーシング)を配置して、木の部分は必要に応じて自由に削り捨てていく考え方です。

 その結果、最新の総務省の統計(平成19年10月〜12月期)では、正規の職員・従業員は3418万人と,前年同期に比べ25万人減少したのに対して、非正規の職員・従業員は1738万人と,前年同期に比べ47万人増加し、非正規の職員・従業員の割合は33.7%に達しています。

 しかも若年層に限っては、15歳から24歳における非正規労働者の割合が48.4%、であり、約半数を占めています。

 企業に使い捨てにされる非正規労働者の増加は、孫子の代まで浮かび上がることのできない格差社会を進行させ、十分な教育機会や正規労働者への道を閉ざされた若年者の心を荒廃させ、駅のホームで見知らぬ他人を突き落としたり、路上でまったく無関係の人たちに襲いかかり、その命を奪うなど、行き場のない閉塞感が社会の不安定化の複合要因の一つになっています。

400万人を越える若者がフリーターとなり、満足に産休も言い出せない派遣労働者や明日の馘首におびえる不安に満ちた「都合のよい労働力」として疲弊しています。

非正規労働者の収入はボーナスも含めると、女子で正規労働者の54%、男子で39%に過ぎず、例え、昼間と夜のダブルジョブで働き詰めに働き、一日10時間以上、年間3000時間以上働いても年収は300万円に届きません。

しかも満足な疾病手当てや休業補償もない状態で、使いまわされ、これでは結婚し家庭をもつ余裕もなく、少子高齢化の根本的な原因は、「日本の生活者の貧しさ」にあるのは明白です。

生きるだけで精一杯の人生を送った果てには、冷酷な包括医療制度が待ち構えているわけで、いくら「愛国教育」を強化しようにも、愛される実態を伴った「愛すべき日本」が崩壊し、生き残るのは大企業と官僚だけの社会になってしまいます。

 企業というシステムは無限に利潤を追求し、そのためには経済財政諮問会議など、あらゆる手段を駆使して社会のルールまで自分達に都合の良いものに変えてしまう性質を持っています。

 現在においては企業がどんなに利潤を上げても、その効果が下流に波及していません。
日本の将来を危うくする一番の要因は「少子高齢化」にあり、国民が安心して出産・子育てできる社会をつくることが最も喫緊の課題だと考えております。

* 1:一定の障害とは以下のようなものになります。
1. 両眼の視力の和が0.08以下の方
2. 両耳の聴力損失が80デシベル以上の方
3. 平衡機能に著しい障がいを有する方
4. そしゃくの機能を欠く方
5. 音声又は言語機能に著しい障がいを有する方
6. 両上肢のおや指及びひとさし指又は中指を欠く方
7. 両上肢のおや指及びひとさし指又は中指の機能に著しい障がいを有する方
8. 一上肢の機能に著しい障がいを有する方
9. 一上肢のすべての指を欠く方
10. 一上肢のすべての指の機能に著しい障がいを有する方
11. 両下肢のすべての指を欠く方
12. 一下肢の機能に著しい障がいを有する方
13. 一下肢を足関節以上で欠く方
14. 体幹の機能に歩くことができない程度の障がいを有する方
15. 前各号に掲げる方のほか、身体の機能の障がい又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であって、日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度の方
16. 精神の障がいであって、前各号と同程度以上と認められる程度の方(※)
17. 身体の機能の障がい若しくは病状又は精神の障がいが重複する場合であって、その状態が前各号と同程度以上と認められる程度の方
参考文献:
1.「格差社会をこえて」暉峻淑子(てるおか・いつこ)岩波ブックレット650
2.「非正規労働者の向かう先」鴨 桃代 岩波ブックレット699
3.「愛国心を考える」テッサ・モーリス-スズキ 岩波ブックレット708
4.「この時代に生きること、働くこと」中村佑 島本慈子 岩波ブックレット702