bV0 「百姓(おおみたから)の魂」成人矯正治療の応用 |
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米作りを専業で行なっている友人が何かのときに言っていましたが、良い米をつくるためには、基本的な田植えまでの作業、つまり荒起しやかま切り(※1)、代掻きを丁寧に行うこと、きめ細かい水の管理や「ちょっとした手間を惜しまずに」よい苗場を作ることが大切だそうです。 (※1:『草の葉を かま切り立ててかる野べの 露のうき身はおき所なしくも』こほろぎ草紙) しかし今の日本では、このような手間をかけて米を作っても、小規模な農業経営では採算的に成り立たず、適正なビジネスモデルが成立しないそうです。食料自給率が39%以下の我国(※2)は、畢竟、外国からの輸入農産物に頼らざるをえませんが、先の「ギョーザ事件」や「吉兆使い回し事件」でも分るように、見知らぬ他人のつくる食品は基本的にリスクを孕んでいるものであり、原産地の政情により安定した流通ができなくなる事態も起こります。 (※2:供給熱量総合食料自給率 農水省ホームページより引用⇒http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/fbs/dat/2-5-1-2.xls) 歯科医療においても、冠やブリッジなどの人工物を製作する前に、患者さんが自分で自分の健康を守る力をつけ、歯周病や歯並びの治療、メンテナンス教育などの「ちょっとした手間を惜しまずに」行なうことにより、より安定した予後を期待できるようになります。 冠やブリッジをかぶせる前、あるいは義歯やインプラント補綴の前に行なう矯正治療もそのような手間のひとつに相当します。 歯科医療においても我国の農業と同じように年々厳しくなる福祉医療政策のもとでは、このちょっとの手間をかけることが物理的に難しくなってきています。 経営的にはプラスにならないこれらの手間は、多くの場合、高額な保険外治療を負担できる患者さんしか受けることができません。このまま際限のない少子高齢化が進めば、そのうちに『減反政策』と同じように、歯科医療でも地域ごとの『治療費総額割り当て制度』が実施されるような悲惨な未来がやってくるかもしれません。 10年ほど前まで、成人矯正治療を受ける患者さんは少なかったのですが、最近はそうでもありません。 様々の目的で矯正治療を行いますが、審美的な理由だけばかりでなく以下のような様々な目的で全体的なあるいは部分的な歯の移動を行ないます。 @ 進んだ歯周病で失われた歯槽骨を改善するための歯の移動: 傾斜している歯を起したり(UP-RIGHT)、歯周病による深い骨欠損がある歯を挺出させたりすることにより、歯を支える歯槽骨のレベルを一定の高さに揃えることができます。歯周ポケットを浅くすることができれば、嫌気性菌である歯周病菌が棲息しにくい歯茎の環境がつくれます。 A咬頭干渉を避けるための歯の移動: 歯並びの湾曲が強いと、スムーズに顎を動かすことができず、顎を動かすときに特定の歯にひっかかりが生じるために、歯や顎関節に過剰な負担がかかりやすくなります。歯並びを平坦にすることにより、より安全で快適な咬み合わせをつくることができます。 B歯列の連続性の回復: 西洋の寺院や城郭において、門や天井や橋にアーチ状の構造体が用いられていますが、もしあのアーチを構成する石のひとつが失われると、構造体に加わる力を支えることができず、そのアーチは崩壊してしまいます。歯列でも同じことが起こり、歯根破折や歯周病のために歯並びの一部が欠損すれば、噛む力や周囲の筋肉の圧力に耐えきれなくなり、徐々に歯は病的な傾斜移動を起こし、歯列は崩壊してしまいます。 このような場合に矯正治療を行い、アーチの隙間を詰めることにより、健康な歯列の連続性を保つことができます。 C義歯のクラスプ(バネ)のかかる歯の整備: 数少なくなった残りの歯にかみ合わせの力を負担させる前に、歯並びから押し出されている右下第一小臼歯を歯列内に戻してあげたほうがより好ましい条件で義歯を入れることができます。 歯周病の治療後に患者さんと相談して、部分的な矯正治療を行なうことにしました。 前方に倒れた右下6を起こし、飛び出ていた右下4を歯列内に収めることができました。 右下7は進んだむし歯のために抜歯してあります。 その結果、プラークコントロールしやすい環境と、垂直に咬み合わせの力を受け止める歯が確保され、使いやすい義歯をつくることができました。左下の歯のない顎には義歯の沈下防止用にインプラントが埋入してあります。 歯並びの悪い歯に義歯のバネをかける必要があるときに、矯正治療により歯並びを揃えることにより、清掃性や義歯の着脱の容易さを改善することができます。またバネのかかる歯に加わる強い傾斜力を弱くすることができます。 D清掃性の改善: 近接した歯根の間など隙間が狭くて磨けないところを矯正治療により、スペースを広げて歯間ブラシなどで清掃しやすくすることができます。 E審美性の改善: @〜Dは歯科医師の側から、全体的な治療計画の中で、必要に応じて患者さんに部分的な矯正治療を勧めて着手しますが、やはり矯正治療を希望される患者さんの最も多い理由は審美性の改善になります。 子供の頃から歯並びが気になっていたけれど、経済的な理由やご両親の転勤などで、思春期に矯正治療を受けることができなかった方が、経済的に独立してから、自分自身の強い希望から矯正治療を行われることがあります。またいわゆる熟年世代になってから全体的な矯正治療を行われる方も多数いらっしゃいます。 中には、ご主人が定年退職後にお亡くなりになり、ずっと元気がなかった方が、歯周病治療のついでに61歳で矯正治療を行われたケースもありました。 歯周病も治っただけでなく見た目をきれいになり、ご主人の喪失体験も克服されて、現在は元気に定期検診に通われています。 32歳女性の矯正治療の例 矯正治療は部分的な矯正治療でも数ヶ月、全体的な矯正治療の場合は何年も治療期間がかかり、保険診療が適用にならないために治療費用はすべて患者さん負担になります。 お子さんの矯正治療の場合は、新陳代謝が盛んなために、歯は比較的すみやかに移動し、骨格の成長・発育も利用することができます。 成人の場合は、歯の動き始めは遅く、すでに骨格はできあがっているので、多くの場合、口元以外の顔貌を変えることには限界があります。 子供の場合は、保護者に命令されて、お稽古や塾に通うような気持ちで矯正治療を受けることが多いのですが、成人の場合は自ら治りたい、良くしたいという強い自発的な気持ちをもって来院されることが大きな違いになります。 さて、百姓は「ひゃくしょう」、「ひゃくせい」「おおみたから」と読み、もともとの意味はたくさんの姓(かばね)をもつ者、姓を持つ階層全体を示す言葉でした。したがってもともと百姓は「天下万民」を示し、農民に限定した取り扱いを受けるようになったのは明治維新以降のことだそうです。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)より』) 「おおみたから」は大和言葉で「天皇が慈しむべき天下の大いなる宝である万民」を意味します。第一次産業が廃れ、サービス業などの第三次産業が社会の中核となった、現在の日本においては古代の「百姓」に該当する階層はサラリーマンを代表とする一般庶民全般のことを指すかもしれません。 昭和40年以前には70%以上あった供給熱量総合自給率(食料自給率)は、昭和60年以降の円高による輸入食品の価格低下、欧米からの輸入解禁圧力、コスト低減を志向する食品業界、外食産業などにより低下の一途を辿り、平成13年以降、40%を下回っています。 その間、国内では消費者の外食習慣が定着し、家庭で家族がそろって食事をとる風景はほぼ壊滅し、孤食、深夜食、過食、虚食、拒食など、食習慣の崩壊が進んでいます。 国内農業は輸入食品に圧倒されて不採算化・縮小し、農業人口の減少は止まることはありません。 一方、人材派遣会社等による労働力の流動化により、企業は好況・不況に合わせたフレキシブルな労働力確保を可能にしましたが、その結果、1990年に8.7%の非正規労働者の割合は、2007年に18.3%に増え、終身雇用制の崩壊と社会の不安定化を招き、非婚化、少子化のひとつの原因になっています。 グローバル化と呼ばれる際限のない効率と合理化は、伝統的な日本社会の枠組みを破壊し、多くの「百姓(一般国民)」が安心して生きることがむつかしい「詰まりたる世」を生んでいます。 予てより、日本人の情緒の底流には労働自体への信仰とも言うべき、天職を得て存分に働けること自体に価値を感ずる「百姓の魂」が脈々と流れてきました。 自分の職業的な誇りに従って「少しの手間」をかけて良心的な仕事を行なっても日々の生計が成り立てば、それは働く者にとってこの上なく幸せなことです。 合理化・効率化を極限まで追求することは企業の持つ本能ですが、あくまでも働く人が安心感と誇りをもって働ける合理化・効率化であることが、「国民幸福指数」維持のためには大切な条件になります。 企業の思惑次第で労働者を使い捨てにし、社会全体に不幸と疎外感を撒き散らすような合理化・効率化を押しすすめるだけなら、最終的には「日本」は歴史の遺産として形骸化・消滅していくものと考えられます。 国は国民を幸せにするための装置であるべきで、限られたエスタブリッシュメントだけが笑える社会など達成しても何の意味もありません。 |