75「アクティブエイジングで拓く明日の歯科医療」
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


最近、アンチエイジング(抗加齢医学)という言葉はすっかり市民権を得ている観がありますが、当初、皺取りや白髪染めくらいのイメージしか持っていませんでした。

人が年齢と共に老いていくのは自然の摂理であり、始皇帝が徐福に命じた仙人探しの伝説を持ち出すまでもなく、今までに不老不死に成功した人は一人もいません。創世記に記述されているメトセラ(メトシェラ)でさえ969歳で死を受容し、人魚の肉を食べた八百比丘尼も数百年後には世を儚んで岩窟にて入寂しました。

しかし、後期高齢者医療制度に象徴されるように、社会保障費の継続的な逓減が見込まれる、これからの日本において高齢者が生き残っていくためには、可能なかぎり肉体のパフォーマンスを保つとともに、社会とのつながりも保つ必要があり、健康に老いるための智恵と技術の重要性が益々増しています。

避けることのできない老化にあえない抵抗を示すような意味合いが感じられる「アンチエイジング」という用語よりも、積極的に「老い」を評価し、生き生きとしたシニアライフを目指す「アクティブエイジング」という用語をどちらかといえば採用したいと思っています。

歯科医療においても、アクティブエイジングを助ける様々の試みが行なわれるようになっています。

 一般に自他共に「高齢者」として認められるときは、「身体の自由が利かなくなった」、「年金の受給が始まった」、「現役を引退し、社会とのつながりが失われた」、「介護を受けるようになった」、「子供に養ってもらうようになった」、「恋愛や性に無縁になった」などの条件を満たすときが多いようです。

 そもそも加齢と老化とは異なり、同じ65歳でも、スマートに水着を着こなし毎日1km以上を泳ぐ習慣を持っている人や、70歳や80歳になっても社会の指導的な地位にあり、元気で活発に後輩を指導して過ごしておられる方もあり、基礎疾患の状態やその方の社会的・経済的環境により老化のプロセスの進行には大きな差異があります。

 「老化」は肉体の低下と社会参加機会の減退に大別でき、肉体の老化はさらに機能的な老化と形態の老化に分けて考えることができます。

肉体の機能的な老化は、記銘力の低下、判断力の低下、感情鈍磨など脳機能の低下や感覚機能の減退、筋力の低下、免疫力の低下、再生力の低下、呼吸機能の低下、反射機能の低下、分泌機能の低下、恒常性維持能力の低下、睡眠の変質などを意味し、肉体の形態的な老化は血管の老化、皮膚や粘膜の老化、蛋白質の変性、骨密度の低下、廃用萎縮(使わない器官の萎縮)、組織の損耗、磨耗、弛緩、喪失などが該当します。

歯科診療室を訪れる65歳以上の患者さんの多くは、高血圧や糖尿病、不整脈、関節リウマチ、骨粗鬆症、腰痛、うつ病、軽度の認知症などの基礎疾患を持っている場合が多く、何種類かの常用薬を処方されています。

思いつくままに、お口の中の問題や噛む機能の問題を挙げてみましょう。

1. 機能の老化

@ 顎運動の不安定化 
@オーラルディスキネジア:もぐもぐ口をいつも動かしたり、顔をしかめたり、舌を突き出したりする不随意運動を繰り返す状態。パーキンソン病の治療薬や向精神薬の長期投与、原因不明の特発性運動障害。
AALS(筋萎縮性側索硬化症)による強いくいしばり
B咀嚼パターンの変化(下顎の運動パターンの水平化)

A 筋力の低下: 噛む力の低下、飲み込む力の低下、吐き出す力の低下、喉頭・咽頭周囲筋群の収縮力低下、表情筋の弛緩、頭蓋骨にかかる張力の低下、頭部や姿勢を支える筋力の低下など。
B 唾液分泌量低下、唾液の成分の変化:関節リウマチ、認知症、抗コリン作用のある薬物の副作用、唾液腺の血液循環量の低下などにより唾液分泌量が低下します。
その結果、唾液の持つ抗菌作用、消化機能、粘膜保護作用、再石灰化作用などの機能不全をおこします。
C お口の自浄性の低下:唾液分泌低下、柔らかい食べ物の増加、口腔衛生習慣の変化、歯周病の進行に従った歯間部空隙の拡大、歯列不正の進行などにより自浄性が低下します。
D 味覚の変化 ストレスや薬剤の副作用、亜鉛の減症、味蕾の減少、味覚受容器の損傷、味覚経路の障害、精神疾患などにより起こります。

E 痛覚や触覚、冷温感覚の変化:痛覚鈍磨、痛覚亢進、冷温感覚喪失など。末梢神経の老化。
F 咀嚼能力の低下:
@ 歯が失われるか、歯の損耗などにより咀嚼能力の低下
A 球麻痺や核上麻痺による舌、咀嚼筋、咽頭・喉頭・舌骨周囲筋等の運動障害
B 小脳や延髄の障害による協調運動の失調
C 顎関節疾患による咀嚼障害

G 吐き出す力の低下:
H 歯髄や歯肉、唾液腺の血液循環量の低下
I 歯肉などの粘膜や歯髄、歯槽骨、神経の再生力の低下
J 免疫力の低下:
K 口腔消化能力の低下 
L 止血、凝固能の低下:循環器系基礎疾患を有し、抗凝固療法、血小板療法を受けている方が増えています。
M 発音、発声能力の低下
N 口腔衛生習慣の低下:手足が不自由になり歯ブラシをうまく使うことができなくなる場合など。
O 食欲や嗜好の変化:加齢とともに運動量が低下し、消費エネルギーが少なくなり、それにつれて食欲の低下、脂っこいものから淡白なものへの嗜好の変化が起こります。食事内容も柔らかいものが主体となるために歯垢が溜まりやすくなります。
P 体力の老化。

2.形態等の老化
  
@ 歯の喪失、歯の咬耗、エナメル質の破損、歯根破折など
A 歯の脱灰と歯根のむし歯
B 歯髄腔の狭窄、根管の石灰化
C セメント質の肥厚
D 歯列や咬合平面の変形、叢生の進行、デンタルアーチの破綻、顔貌の変化
E 歯肉退縮と歯根露出
F 口腔粘膜上皮が希薄化、粘膜下組織の萎縮
G 歯冠色の変化
H 臼歯部欠損による咬合高径の低下
I 顎関節・関節円板・靭帯の損傷、磨耗、変形、弛緩 弛緩性顎関節脱臼、顎関節機能障害、開口障害
J 顎骨の形態変化
K 歯肉の繊維化、炎症、ブラッシング外傷
L 真菌の増加、口腔内最近叢(フローラ)の変化、口臭
M 歯肉内異物、タトュー
N 舌苔、舌の形態・色調変化
O 歯槽骨の喪失、顎骨の粗鬆化
P 歯肉増殖 降圧剤(ニフェジピン)、抗けいれん剤(フェニトイン)などによる歯肉増殖
Q 唾液腺の加齢変化
R 咽頭・喉頭の加齢変化
S 廃用萎縮


さて歯科医療における抗加齢医学として現在、考えられているものとして以下のようなものが挙げられています。(「口腔から実践するアンチエイジング医学」斉藤一郎 編著 医歯薬出版参照)

1. 歯周病対策 歯周病という慢性炎症と血管の老化には密接な関係があると言われています。歯周病の進行を抑制することにより、血管の老化により引き起こされる様々の病気、すなわち心疾患、脳血管疾患などを防止します。
2. 抗酸化ストレス 老化の原因のひとつとして活性酸素による細胞の酸化が挙げられています。ビタミンCやE、コエンザイムQ10によりには活性酸素やフリーラジカルを除去する機能があるとされています。
3. 口腔内からの金属の除去 クロム、ニッケル、コバルトなどの金属は化学的に不安定なためにお口の中で溶け出し、身体に有害な作用をもたらす心配があります。これらの金属を使わない冠やブリッジ、義歯へ交換します。
4. デトックス EDTAキレーション治療による体内の有害金属の排出促進
5. 定期的な口腔ケア 専門的な機械的清掃でお口の中の細菌数を減らすことにより、誤嚥性肺炎の発症を減らすことができます。
6. 唾液分泌障害の治療 原因基礎疾患の治療、薬物療法、唾液腺トレーニング、唾液腺マッサージ。
7. 筋機能療法による口腔周囲筋のマッサージ しわやたるみを予防します。
8. 歯ぎしり、噛みしめ対策
9. 肺や呼吸機能の維持
10. 嚥下トレーニング
11. 義歯やブリッジ、インプラントなどによる咀嚼機能の回復
12. ホワイトニングや審美修復による形態の回復


アクティブエイジングとしての歯科医療の臨床はまだ始動したばかりですが、超高齢化社会の進展の中で、その重要性は評価されています。

機能や形態が完全に崩壊・喪失してから、それを回復することはほとんど不可能か、多大な費用と時間と大きな医学的侵襲を伴います。

アクティブエイジングの秘訣は、日頃から「かかりつけ歯科医」とともに小さな抗加齢対策を積み重ねることにあります。
例えば定期的なPMTC(専門家による機械的清掃)を受けている方は、中高年期の歯の喪失とそれに伴う咬み合わせの崩壊が起こりにくくなります。また日頃、話す相手のない孤独な環境を強いられている方は、急速に表情筋が萎縮するにつれ、唾液分泌も低下します。

歯が一本失われたら、そのまま放置することなく、すぐにインプラントやブリッジで咬み合わせを回復することが咬み合わせの崩壊や歯列の変形を防ぎます。

早期からの予防的リハビリテーションを行なうことにより、重大な機能喪失を防ぐこともできます。

不老不死は不可能ですが、健康に老いることは可能です。若いときからのトータルな生活習慣の工夫が、重大な機能喪失や形態変化を予防するのはお口の健康でも同様なことが言えます。

それぞれの対策については機会を改めて触れる予定でいます。

参考文献:
1.「高齢者歯科」全国歯科衛生士教育協議会 監修 医歯薬出版
2.「口腔から実践するアンチエイジング医学」斉藤一郎 編著 医歯薬出版参照)
 3.「リハビリテーション」里宇明元・佐藤禮子著 財団法人 放送大学教育振興会
 4.「医学の限界」小松英樹著 新潮新書
 5.「高血圧の医学」塩之入洋著 中公新書
 6.「若返り血管をつくる生き方」高沢謙二著 講談社
 7.「介護予防のための口腔機能向上マニュアル」菊谷武編著 建帛社
 8.「内分泌・代謝学」MEDICAL VIEW