83「男性骨粗鬆症と歯周病の関係」男に潜む女の摂理
本文へジャンプ 6月9日 
 
 83「男性骨粗鬆症と歯周病の関係」男に潜む女の摂理



 骨粗鬆症(osteopolosis)と言えば、従来、更年期になりエストロゲンの分泌量が減少するにしたがって骨強度(※1)が低下し、骨折しやすくなる女性特有の病気というイメージがありました。

 しかし最近、中高年男性の難治性歯周病の一部に、「男性骨粗鬆症」との関連が疑われるケースが増えているのではという話があります。

 特に、診療室を訪れるやせ型の中高年男性患者さんの生活歴に、長年の喫煙習慣、継続的なアルコール摂取、カフェインの大量摂取、加工食品の過剰摂取(=リンの過剰摂取)、睡眠障害、肝機能の低下、運動不足、強い継続的なストレス、長期間の単身赴任歴などに加え腰痛や背中の痛み、円背などの症状などがある場合は、骨強度が低下している可能性をまず疑う必要があります。

(○男性骨粗鬆症の危険因子、リスクファクター:加齢、低体重、体重減少、運動不足、大きな外傷によるものではない骨折、低カルシウム食のほか、コルチコステロイド(副腎皮質ホルモン製剤)や前立腺癌(がん)治療薬などの特定薬剤の継続的な使用など。)

 最近は歯科のレントゲン診査(パノラマレントゲン)から、骨粗鬆症のスクリーニングを行なうソフトが開発されたという報告がされていますが、歯科用のパノラマX線写真からもある程度のスクリーニングは可能です。(参照:広島大学病院歯科放射線科 田口明先生 「骨粗しょう症−パノラマX線写真により早期発見−」http://www.hiroshima-u.ac.jp/hosp/news_info/index.html?id=538&sel=0 )

 わが国の骨粗鬆症の患者数は、約1,100万人と推定され、原発性の骨粗鬆症の約90%が加齢や閉経により生じる退行期骨粗鬆症です。続発性の粗鬆症としては、糖尿病や内分泌疾患、カルシウム摂取不足、ビタミンD過剰、コルチコステロイドなど薬物により生じるものがあります。(※2)

 また女性ホルモンと命名されているエストロゲン(卵胞ホルモン)ですが、男性の身体からも量は少ないのですが、更年期の女性並みに分泌されています。

女性の場合は、エストロゲンは卵巣の顆粒膜細胞、外卵胞膜細胞、胎盤、副腎皮質などで大量につくられますが、男性の場合はテストステロン(睾丸でつくられる男性ホルモンの一種)からエストロゲンがつくられて分泌されています。

このエストロゲンの原料となっているテストステロンは30歳から年に1〜2%の割合で減少し続け、その低下は「男性更年期」の原因になります。ただし非常に個人差が大きく、70代になっても30代なみの分泌量を保っている人もいます。

余談ですが、テストステロンの作用として、男性らしい骨格、筋肉が作られる 、明るく前向きになる、 声が低くなる、 情緒不安定、短気になる、 孤立、孤独を好むようになることが挙げられています。興味深い作用に納得している人もいることでしょう。

エストロゲンの受容体は全身の細胞に存在し、骨吸収の抑制、血清脂質低下、二次性徴の発現、血液抗凝固作用、意識の女性化、動脈硬化抑制、心臓の保護作用など多彩な働きをしていますから、エストロゲン分泌が低下すれば女性はもとより男性でも骨粗鬆症のリスクは上昇するものと推定されます。

骨粗鬆症の各年代の発生率は、男性は女性の半数以下の発生率とされてきましたが、吉村典子氏(東京大学病院22世紀医療センター関節疾患総合研究講座)によれば、「02年の調査では、年間2万5300人の男性が新たに大腿部頚部骨折を起こしていた。これは15年前に比べて約2倍の増加に当たり、女性の3分の1以下とはいえ、決して楽観できる数字ではない(CLINICAL CALCIUM)」としています。
(現在、米国では白人男性の7%、黒人男性の5%、ヒスパニック系男性の3%が骨粗鬆症であると推定されていますが、15年以内に男性骨粗鬆症が50%増大すると予測され、2040年までに股関節骨折は2倍になると考えられています。)

「失われた10年」に続く、市場原理主義を志向する過酷な労働環境の中で、リストラに怯える中高年男性の過剰適応が影響しているのでしょうか。

 男性骨粗鬆症患者の骨折は女性に比べ治りにくいと言われ、一度骨折すれば強い痛みを伴い日常生活動作が障害されるために、多くの場合、支援・介護が必要となります。男性では股関節骨折後の一年以内の死亡率が女性の2倍に達しているという報告があります。(米医学誌「Annals of Internal Medicine」5月6日号)

○ 歯周疾患と骨粗鬆症の関係

歯周病を進めるリスクファクターと骨粗鬆症のリスクファクターは、加齢や喫煙習慣、基礎疾患、薬物の影響など多くの部分で共通するため、どちらかの疾患にかかっている人はもう一方の疾患にかかっている場合が考えられます。

未治療の歯周疾患の場合、一年に平均0.2mmの骨吸収が頬側の歯槽骨で起こると言われていますが、歯周病における骨吸収の原因は細菌性プラーク(歯垢)と炎症性細胞から産生されるサイトカインにより起こります。

つまり細菌性プラークは骨に存在する前駆細胞を破骨細胞に分化させますし、プロスタグランディンE2やインターロイキン1α、β、腫瘍壊死因子(TNF)などのサイトカインは破骨細胞を活性化します。

カルシウムの貯蔵庫としての機能を果す骨は、絶えず骨基質の分解と合成を繰りかえしていますが、正常な骨代謝の場合、この骨吸収と骨形成のリモデリングは精密に平衡が保たれています。

正常なリモデリングのシステムは、絶えず損傷した骨質を修復し、歯ぎしりなどで強い力のかかる部分の顎骨を補強し、体内でカルシウムが不足すれば骨吸収を起こし、余れば骨に貯蔵し、細胞外液のカルシウム濃度の安定に寄与しています。

しかし何らかの原因により骨吸収の働きが骨形成の働きを凌駕してしまう状態が骨粗鬆症であり、歯周病です。

また全身骨格の骨密度と顎骨の骨密度は相関することが分っており、骨粗鬆症のある方の顎骨は骨塩量が低下し、骨質も劣化しているとされていました。
ただ最近の再評価によると両者の明確な関係はまだ立証されていません。臨床的な実感としては閉経後10年以上経過した方の顎骨の吸収は早く、顎堤が急速にやせていくように感じています。

また歯の喪失のために、咀嚼機能が衰えれば、食事により得られるカルシウムや蛋白質、ビタミンDは不足しがちになるために骨質は弱くなっていくものと考えられます。

局所の炎症性疾患である歯周病と全身の代謝性疾患である骨粗鬆症の関係については、また別の機会に詳説したいと考えています。

○ 骨粗鬆症の予防

骨粗鬆症を防ぐ予防法の第一は、成長期にカルシウムなどのミネラルやビタミンDなどを充分に摂取し、日光に当たって、しっかりと運動(※3)を行い、最大骨量を獲得することがまず大切です。
成人では過剰なアルコール摂取及びカフェイン摂取や喫煙が骨密度を低くし、魚、果物、牛乳の摂取量が多い人では、骨密度が高くなる傾向があると言われています。

○ 一般的な骨粗鬆症の治療

@ 食事療法 蛋白質やカルシウム、ミネラル、ビタミンDなどの栄養素の不足に注意します。加工食品に多く含まれるリン酸塩(ハム・ソーセージの保水剤、乳化剤、食肉結着剤、緩衝剤、PH調整剤、かんすい、缶臭除去剤など)によるリンの過剰摂取はカルシウムの吸収阻害を起すと言われています。アルコールやカフェインの多飲は骨量を減少させることが分っています。

A 運動療法 1回30分以内、朝夕2回、一日8000歩、週3回以上を目安に歩くことが勧められていますが、あくまで個人の体力や年齢にふさわしい運動プログラムが必要となります。
また転倒の防止に努め、転倒しやすい患者さんではヒッププロテクターを着用します。

B 薬物療法 
 @ エストロゲン 長期投与により、乳がん、循環器系疾患、血栓などの発生増加が報告され、ほてりや動悸、精神症状など更年期症状の改善を目的とした使用が中心になっています。
 
 A カルシトニン(calcitonin)は、甲状腺の濾胞傍細胞(ろほうぼうさいぼうparafollicular cell 、C細胞)から分泌され、破骨細胞による骨吸収を抑制しますが、骨量はあまり増やしません。現在は鎮痛作用を持つことから骨の痛みに対して処方されています。
 
 B 活性型ビタミンD製剤 骨密度増加効果は弱いですが、骨質改善や転倒予防効果があるものと思われ、骨折予防に役立っています。

 C ビタミンK 骨吸収抑制作用、骨形成促進作用が期待されていますが、エビデンスは不十分です。

 D ビスフォスフォネート製剤 骨の代謝回転を抑制し、骨量を増加させ、骨折予防効果を持ちます。ただし副作用として抜歯や顎骨の手術における難治性の骨壊死を起すことが問題となっており、歯科治療における注意が必要です。

○ 歯科診療室における骨粗鬆症を疑う歯周病患者さんへの対応

まず当然のことですが、歯科領域以外の診断や治療に手を出すことは絶対に控える必要があります。骨粗鬆症の専門医と対診し、骨粗鬆症の程度を知り、医院の出入りに際しては患者さんの転倒、チェアでは圧迫骨折に注意します。

ビスフォスフォネート製剤の投与歴のある患者さんへの外科手術や抜歯はできれば避けるべきでしょう。

アルコールや喫煙、カフェインの過剰摂取に対する生活習慣指導は、相手の人柄を見てから行なうべきでしょう。始めから歯科医による生活習慣指導など埒外に考えている患者さんに行なっても、反発心や悪感情を持たれるだけで、かえって信頼関係を失うことになります。

まず道を説く前に、聞く耳を持つ相手を選ぶことが大切であり、またエビデンスが得られていない内容の指導は厳に慎むべきです。

相談する専門医の先生も、相手をよく選ぶべきで、日頃から歯科への情報提供を親切に行なってくださる方に行なったほうが無難と思われます。

※ 1 骨強度:骨強度=骨密度+骨質
骨密度は単位体積あたりの骨塩量に左右され、骨質は、骨の微細構造、骨代謝速度、微小損傷の蓄積、石灰化状態、コラーゲンなどの骨基質蛋白の組成により決まります。

※ 2 骨粗鬆症の分類:
T原発性骨粗鬆症 
@ 退行期骨粗鬆症 
 @ 閉経後骨粗鬆症
 A 老人性骨粗鬆症
A 特発性骨粗鬆症(妊娠後骨粗鬆症など)

U続発性骨粗鬆症
@ 内分泌疾患
 @ 性腺機能低下症
 A クッシング(Cushing)症候群
 B 甲状腺機能亢進症
 C 原発性副甲状腺機能亢進症
A 代謝性
 @ 糖尿病
 A ホモシスチン尿症
 B 低アルカリフォスファターゼ血症
B 栄養性
 @ 蛋白質欠乏
 A ビタミンA欠乏
 B ビタミンD過剰
 C カルシウム摂取不足
 D 壊血病
C 薬物
 @ コルチコステロイド
 A メソトレキセート
 B ヘパリン
D 不動性(廃用萎縮)
 @ 全身性 長期仰臥、宇宙飛行、対麻痺
 A 局所性 骨折など
E 先天性
      @ 骨形成不全症
      A マルファン(Marfan)症候群
F 慢性炎症性疾患 関節リウマチなど
G 消化器疾患
 @ 慢性肝障害
 A 胃切除後

※3 実は運動習慣と骨粗鬆症の相関関係については、相関があるという報告と関係がないとう報告の両方が出ています。一応、運動すれば骨密度を維持できるとする報告によれば、成長期の運動は最大骨量の増加に役立ち、中高年の運動は骨量の減少を抑制するとしています。


 参考文献:
1.「男性の骨粗鬆症診断・治療のピットフォールとは」吉村典子 骨粗鬆症治療4 (3)217〜223 2005年
2.「骨粗鬆症診療ハンドブック」54〜55 中村利孝、松本俊夫著 医療ジャーナル社