bW4 「口腔内写真の効用」なんで写真撮るの? |
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bW4 「口腔内写真の効用」なんで写真撮るの? 歯科医院を受診して、何枚もお口の中の写真や、場合によってはお顔や姿勢の写真まで撮影された経験のある方もいらっしゃるのではないでしょうか? この撮影のことを「口腔内写真撮影」と呼び、保険診療上で定められている基本的な検査項目の一部です。写真撮影で患者さんに一部負担金の支払いが生じる場合は、メインテナンスや初診以外の検査の折に認められる50点、つまり3割負担の方で150円だけで、初診時の撮影を含め、多くの場合は歯科医院側が無料で撮影しています。 「むし歯の治療に行ったのに、なぜ余計なことをするの?」 「プライバシーの侵害だ!」 「撮影をがまんするのは煩わしく、苦痛である。」 「先生の趣味のために撮影しているだけでは?」 「自分でもひどい歯だと思っているのに、そのうえ写真まで撮られて、二重に心が傷つく‥」 「余分な検査をして金儲けに走っているのでは?」 「さっさと治療してほしい。」 等々という患者さんの声はもっともなご意見だと思われます。 ただ歯科医院の立場から是非ご理解いただきたいことは、「口腔内写真撮影」を行なうことは結局患者さんの健康上の利益につながり、治療や再発予防、偶発症の防止の観点からたいへん役立つという点です。 歯科医師も肉眼で直視しているだけでは、却って気がつかないことがあり、写真を見て気がつく場合が少なくありません。 次の写真は7年前から歯周病治療後の再発予防のため、定期検診に通院されている患者さんですが、最近、肩こりが強くなってきたことに悩まされていました。 患者さんは来院時、49歳で主訴は「歯石が気になる」ことでした。 当時、一日20本ほどタバコを吸われていましたが、2005年から禁煙されています。途中、中近東に3年間ほど赴任されていましたが、最近、長野県内へ戻ってきました。 単身赴任されている間、2006年頃から両肩がこるようになり、最近、特にひどくなってきています。 2003年時に比べると、歯肉の腫れはなくなり、ひきしまり感が出ていることが分りますが、上顎に対する下顎の位置が左側にずれてきていることも分ります。また良く見ると咬み合わせの高さがわずかですが、低くなっています。 途中、左下に装着されたブリッジの咬み合わせの高さが少し低すぎたために、下顎が左側にずれる形で深く嵌りこみ、側方運動時の制限が表れているものと考えられました。 顎関節症と咬み合わせとは直接的な因果関係はないとの見解が主流となっていますが、この患者さんの場合、まずは可能性のある疑わしい要因を除去し自覚症状の改善を観察することにしました。 @ 顎関節症のセルフケア(別稿で解説します。) A スプリントの装着 B マイオモニターによる咀嚼筋のポンピング C ムスカルムD(塩酸トルペリゾン)300mg 3錠を一日3回に分け7日間内服 その結果、幸い肩こりの症状は改善しましたので、現在、リラックスした新しい下顎の位置で左下のブリッジを作り直しています。 このように初診時と治療後のお口の写真を撮影しておくことにより、咬み合わせや歯肉の微妙な変化を発見しやすくなります。もし写真を撮影してなかった場合、すべての患者さんの咬み合わせや歯肉の情報を記憶しておくことはできませんから、確信が持てる診断と治療ができなかった可能性があります。 この他にも「口腔内写真撮影」には次に述べるように、患者さんにとってたくさんのメリットがあります。 ○ 口腔内写真撮影の利点:1.正しいボディーイメージの構築 2.経時的な資料の比較 3.治療のアウトカムの評価 4.転医する際の補強資料 1. 正しいボディーイメージの構築 写真は「奥歯がムズムズする」主訴で来院されました66歳の女性です。 何回か歯科医院で歯磨き指導を受け、超音波タイプの電動歯ブラシで一日6回も磨いているそうですが、実際には歯茎に大量の歯垢が沈着し歯肉は赤く腫れています。 また患者さんは、基礎疾患として高血圧症と耐糖能障害を持っており、HbA1cの値は7.2(正常値は4.4〜5.8%)、ブドウ糖の負荷試験の2時間値が220mg/dl(正常値140mg/ dl以下)であり、低血糖発作の予防のために、一日に5〜6個の飴を毎日舐めているとのことでしたが、そのため口腔内細菌が増え、唾液が酸性に傾き、エナメル質の脱灰が起こっていました。 患者さんの主訴の原因はこの大量に蓄積した歯垢による炎症と糖尿病の進行による末梢神経症状と考え、通常の歯周病治療を行いました。 実際にご家庭でお使いになっている超音波歯ブラシを持ってきていただいて磨いていただくと、歯磨剤の量が多すぎるため、毛先が歯頚部にまったく当たっていませんでした。 超音波歯ブラシという名前のハイテク機器?を口の中に入れるだけで、自動的に歯周病が治るわけでなく、正確に毛先が歯垢の近くに当たる必要があることを説明しました。 低血糖症の緊急処置として、ポケットやバックの中に飴やグルコースを常備していく意義はあると思いますが、低血糖症の予防のために一日中、飴や砂糖を含む食品を摂取して続けることが医学的に妥当な対策なのかどうか、主治医の先生にご指示を仰いだところ、次のような回答を得ることができました。 『患者さんはダオニール錠(スルフォニル尿素系/経口血糖降下剤 )、メルビン錠(ビグアナイド系/経口糖尿病用剤)、ベイスン錠(αグリコシターゼ阻害剤/糖尿病食後過血糖改善剤)など複数の血糖降下剤を処方されており、運動時などに低血糖発作を起す危険性をもっています。患者さんには、ふるえ、さむけ、動悸、冷や汗、強い空腹感、力の抜けた感じ、目のちらつき、イライラなどの、低血糖症状が表れたら速やかに、当分の補給を行なうように、砂糖20グラムかスポーツドリンクを常時携帯するように指示していますが、飴を予防的に舐める必要はありません。ただし何回も低血糖発作を繰り返すうちに、自覚症状が出にくい無自覚性低血糖を起す傾向が出ますのでご注意ください。』とのことでした。 患者さんには鏡と歯垢染色剤を用いた精密な歯ブラシを練習してもらい、長時間口の中にある飴ではなく低血糖発作の予兆にはペットシュガーで対応するようにお願いしました。また歯科治療のある日は特に血糖値の自己測定を必ず行なってから来院するようにし、体調の悪いときは受診を控えるように指示しました。幸いストレスのかかる歯科治療時にも低血糖発作は起きていません。 このケースでは患者さんは、完全によく磨いているという強い自信があり、口腔内写真を見て初めてプラークコントロールの不良に気がついたわけですが、正確な病識を持つことが治療の第一歩になります。 2. 経時的な資料の比較(略) 3. 治療のアウトカムの評価 治療結果を常に再評価することは医療機関の医療技術の向上に欠かすことができません。初診時と治療後、メインテナンス時のお口の写真を確かめることは、間接的に患者さんの医療利益につながっていきます。 4. 転医する際の補強資料 長期間に渡り、複雑な治療を行った方が転医する場合に、次の医療機関に治療内容を説明する補強資料として口腔内写真をCDなどで渡せば、無駄な検査を避けることができますし、治療の重複の無駄もなくせます。 また病院に手術や抜歯などを依頼する際も、より正確に情報を伝達することができます。 患者さんには大変わずらわしい「口腔内写真撮影」ですが、診断精度を向上させ、患者さんと治療方針について具体的に相談することができるようになるなど、その利点には計り知れないものがあります。 あまり毛嫌いすることなく、寛容の御心をもって必要な検査にご協力ください。 院長敬白 |