bW7「断層写真のもたらすもの」
本文へジャンプ 6月18日 
 
 bW7「断層写真のもたらすもの」

 最近の歯科医の憧れのアイテムは、山ほどありますが、その筆頭は断層写真撮影装置(CT)でしょう。

インプラントの普及に伴い、顎骨の立体的な構造を詳細に検査する必要が高まり、5〜6年前より、次第に一般歯科診療所にも導入されるようになってきました。

従来CTには顎骨など骨で囲まれた部分の撮影では、アーチフェクト(ノイズ)が生じやすい欠点がありましたが、技術の進歩により徐々に改善され、歯科診療に使えるレベルになってきました。

しかし価格帯が一台1800万円〜3500万円であり、断層域の広いタイプは3000万円以上のクラスが多く、どの歯科医院にも常備されているという代物ではありません。多くは、大学病院やCTを設置している知り合いの歯科医院に依頼して撮影してもらっている場合が多いものと思われます。

一般的なMRI(核磁気共鳴画像装置)が常伝導磁石を用いたもので7000万円〜2億円、超伝導磁石を用いたものなら5億円〜15億円するのに対してCTは安価?とも言えますが、おいそれと手を出せるものではありません。

このような高額な機器は、10年くらいで技術的に成熟するか、ブレークスルーが起こり、さらに別次元の製品が出現するのが常ですから、あまり長い期間のローンを組んで購入しても、支払い半ばで陳腐化する可能性があり、なかなか導入に踏み切れません。

しかし、先日の某学会でも、併設された業者展示の中心はCTのオンパレードであり、数千万円もする新製品が各社から次々と展示されているのを見ると、歯科医療界も随分変わったものだという感想を持ちました。


医科用CTの断層例



CT(Computed Tomography)は医科ではごくあたりまえの検査機器になっていますが、検査したい対象の周囲をX線源と検出器が回転し、360度全方向から撮影対象を透過したデータを演算装置でフーリエ変換(※1)して再構成し、三次元的な立体像を得る原理で検査します。検査対象の断面像だけでなく、立体像も表示できるのが特徴で、直感的に検査対象の立体構造を把握できます。

最初の商業的なCTはイギリス人のゴッドフリー・ハウンズフィールドにより、1967年に考案され、1972年に発表されました。タフツ大学のアラン・マコーミックも独自に断層撮影装置を開発し、両者は1979年のノーベル医学生理学賞を受賞しています。

 歯科用CTは座って撮影するタイプが多く、コーンビーム型CTと呼ばれる方法を採用しているのが、横になって撮影する医科用CTとの大きな違いになります。

 医科用CTは厚みのない扇状のX線(ファンビーム)を検査対象に照射し、ラインセンサー(線状の検出器)で検出した一次元データを組み合わせて二次元データを取得します。立体像を得るには、検出器を移動しながら撮影し、二次元データを積み重ねて三次元画像を構成します。

 歯科用のコーンビーム型CTでは、円錐型に照射されるX線をプレート状の面センサー(二次元検出器)で検出し、いきなり二次元画像を獲得します。そして頭部の周りを回転する検出器により短時間で三次元データを構築することができます。口腔内には冠やブリッジなど様々な金属があるのがふつうで、メタルアーチファクトと呼ばれるノイズが邪魔しやすいのですが、コーンビーム型CTにはこの画像を覆い隠すメタルアーチファクトが発生しにくいという利点があります。

 画像自体も医科用CTが体軸方向へベッドが移動する単位が1mmくらいに規制され、縦方向の画像解像度が荒くなる原理的な制約を持っているのに対し、コーンビーム型はそのような制約がないために、より先鋭な画像を得ることができます。(最近は医科用CTにもコーンビーム型が導入されるようになってきました。参照http://www.nirs.go.jp/news/press/2005/07_07.shtml)

 

上図は朝日レントゲン工業株式会社「Alphard」より引用。



歯科用CTの応用範囲は、インプラント手術だけではなく、根管治療や歯周病の治療にも役立てることができ、矯正治療や顎関節症の治療、顎骨骨折の診断、顎顔面領域の外科手術などに威力を発揮します。

欠点としては、保険診療に導入されていないために、1万円〜2万円の撮影料金が患者さんの負担になること、さらに分析を行なう場合はその費用が加算されることがまず挙げられます。

さらに原理的に通常の歯科用レントゲン撮影に比べ被爆線量が大きいことが問題で、一回の撮影でパノラマ撮影と呼ばれる通常の顎骨全体を写すための歯科用レントゲン撮影の6〜7枚分の被爆線量があります。

計算上、一年間に6〜7回CTを撮影すると胎児への影響が出る可能性が生じるという話があり、通常の小さな歯科用レントゲン写真のように一度に何枚でも撮影できる検査法ではありません。

ボリュームレンダリングという処理を行なえば、CT画像から立体像を作り出すこともでき、全体像の直感的な把握に役だちます。またCTデータを利用して、手術前に精密な手術用の位置決め器具(サージカルステント)を作製することができ、インプラント手術のリスクを減らすことができます。

 やがては一家に一台、歯科用CTまたはそれに替わる次世代の画像診断機器が備わる時代が到来するかもしれません。

CTもそうですが、もし本格的に歯や骨などの組織の再生医療が普及するようになれば、歯科診療所にも組織再生工学に必要な院内ラボが必要になる可能性があり、近未来の歯科医院の姿は想像を絶する姿に進化するかもしれません。

 このような高価な医療投資を支えるには、それに見合った経済力が医療圏に備わっていなくてはならず、将来の日本がその負担に耐えられるものかどうかは、神のみぞ知るところであります。

※1フーリエ変換:データ解析の一方法。光のスペクトルにどのような周波数の波が含まれているかなどを解析することができます。