91「風が吹けば桶屋が儲かる?」歯周病と認知症の関係 |
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91「風が吹けば桶屋が儲かる?」歯周病と認知症の関係 (写真はフリー素材http://www.ashinari.com/より転載・加工) 「風が吹けば桶屋が儲かる」(After wind's blowing, basinsmiths get money)の初見は、江戸時代の浮世草子『世間学者気質(かたぎ)』のなかに認められるそうです。極端なドミノ理論を積み重ねていき、ありえない結論を導き出す手法のどこに、問題があるかというと、積み重ねられた因果関係のそれぞれの確率がまったく検証されていない点にあります。 大風が吹き、埃が舞い上がる。⇒眼病を患う人が増え、その結果失明する人が増える。⇒盲人が生計をたてるために、三味線を習う。⇒三味線に使う猫皮をとるために、ネコがたくさん殺される。⇒ネコが減るとネズミが増える。⇒増えたネズミが桶を齧る。⇒桶を買う人が増えて、桶屋が儲かる。 「歯周病が進むと認知症になりやすくなる」という説がありますが、これは本当なのでしょうか?もし本当なら脳の老化を防ぐためには、まず歯科医院に通う必要があるのですが‥ 実は最近のリサーチにより、歯周病の進行が認知症の進行に関係が深いことを示す資料がいくつか紹介されるようになってきました。 現在、認知症に罹っている人は160万人〜170万人いるものと推定されます。認知症を起す病気は200〜300種類あると言われ、その90%は以下に述べる四疾患で占められています。 ○ 認知症の種類 認知症には様々の種類がありますが、一般的には認知症の4割が「アルツハイマー型認知症」、3割が「脳血管性認知症」、2割が「レビー小体型を伴う認知症」、残りの1割に様々の他のタイプの認知症で構成され、その中に「前頭側頭型認知症」が含まれると言われています。(参照:「早期発見から介護まで よくわかる認知症」川畑信也著 日本実業出版社) 1)アルツハイマー型認知症:後発年齢は70歳前後であり、1対3で女性に多く発現します。物忘れが必ず表れ、進行は緩慢で次第に人格が障害されていきます。脳にβアミロイド蛋白が溜まることにより、大脳皮質全体の神経細胞がじわじわと変性、脱落し、脳が萎縮していきます。細胞が消失するにつれて脳の血流が失われ、神経伝達物質も失われていきます。本当の原因は分かっていません。 アルツハイマー型認知症は高齢になればなるほど、発症しやすく、日本痴呆学会によれば、65歳までは1%未満ですが、75歳になると10%、85歳以上では約25%前後の人がアルツハイマー病になると言われています。 男性より女性に多いのは、女性ホルモンには、記憶や学習にかかわるアセチルコリンを合成する働きがあり、閉経に伴い、女性ホルモンが減るとアセチルコリンの量も減るためと言われています。 また過去に強く頭を打つなど、脳の外傷の既往がある場合は、アルツハイマー型認知症にかかりやすいことも分っています。 進行は緩慢ですが、末期になれば、食べ物も認識できなくなり、食事には介助が必要になります。立位や座位も保てなくなり、寝たきりが続くと手足の関節が曲がったまま動かなくなります。 水や食べ物も飲み込めなくなり、栄養不良や嚥下性肺炎や窒息が直接の死因になります。おおよそ発症してから平均して8年、長い人でも十数年で亡くなられるという統計が出ています。 2)脳血管性認知症:多くの場合、脳出血や脳梗塞などで脳の神経細胞が死んだ場合に、認知症の症状が表れます。手足のしびれや吐き気、嘔吐などの一過性の発作を繰り返すうちに徐々に認知症が目立ってくる場合と、脳卒中の発作の後に急に認知症が表れる場合があります。 また多発性脳梗塞により徐々に認知症が進む場合もあります。 高血圧、糖尿病、高脂血症、虚血性心疾患などの脳血管を傷めるような基礎疾患があることがふつうで、60代〜70代の男性に起こりやすく、40代、50台でも起こることがあります。女性より男性が多いことも特徴的です。 記憶障害や場所や時間が分らなくなる見当識障害が起こり、人格の変容(感情失禁、すぐに泣く、感情の不安定化)が起こります。末期になるまで病識を持つことが特徴で、片麻痺や嚥下障害や歩行困難などの症状を伴うことが多くなります。 3)レビー小体を伴う認知症:大脳皮質全体の多数の神経細胞内に変形性の蛋白質を含む沈殿物である「レビー小体」(特殊な封入体)が認められるのが特徴で、発症初期の段階から非常にリアルな幻覚や幻視、妄想が現れます。 やがて急速に物忘れが進行し、身体が硬くなり、動作がスムーズに行えなくなり、小股で歩くようになるなど、パーキンソン病と似たような症状が出てきます。 レビー小体を伴う認知症は進行が早いのが特徴であり、通常発症から4〜5年でお亡くなりになるケースが多いと言われています。 4)前頭側頭型認知症(ピック病):前頭葉から側頭葉にかけての脳細胞が死滅していきます。前頭葉は知・情・意を司る人間を人間らしくする脳の部分であり、そこが障害されるために、意欲の減退、性格の変化、抑制の効かない反社会的行動、性的な逸脱行動などが起こりやすくなり、比較的初期の段階から言葉の意味を理解できない障害が起ってきます。40代〜50代で万引きを繰り返す人や、それまで謹厳実直を絵に描いたような人が教え子に性的な悪戯をして逮捕されるようなケースの中に、この前頭側頭型認知症が含まれている場合があると言われています。 この他にも、頭部外傷に伴う慢性硬膜下血腫において、脳頭蓋骨の下の硬膜下で起った静脈出血が徐々に脳を圧迫することにより起る認知症もあります。 お年寄が転んで頭を打った恐れがある場合は、硬膜下血腫の発生を常に念頭において、周囲は注意深く経過観察する必要があり、初期の徴候が現れたらすぐに専門医療機関で検査を行い、血腫を取り除く必要があります。 ○ 歯周病と認知症の関係 アルツハイマー型認知症については財団法人「ぼけ予防協会」が平成14年に仙台市で実施した調査により、早期の脳の萎縮が、歯の数が減ることに伴って現れることが分かり、歯の喪失がアルツハイマー型認知症発症につながることが判明しています。 今回はさらに、脳血管型認知症と歯科疾患との関係について調査されました。 2006年3月に財団法人「ぼけ予防協会」が発行した「高齢者における歯の欠損・歯周病と認知症に関する調査報告書」によると、認知症の一般的なリスクファクターとして次のようなものが挙げられています。 喫煙歴、飲酒歴、降圧剤の服用、心血管疾患、高脂血症、随時総コレステロールが220r/dl以上、糖尿病(HbA1cが6.5%以上)、高血圧(降圧剤を飲む前の早朝家庭血圧が135/85oHg以上) 歯牙の喪失による咬み合わせの障害や、歯周病の進行などの歯牙疾患が、認知症とどの程度の関係があるのか調査が、岩手県大迫町亀ヶ森地区在住の55歳以上の住民156名を対象に実施されました。 その結果、過去に歯周病が進行した病歴があり、歯根の周りを取り囲んでいる歯槽骨が大きく失われ、歯茎が下がっていると、脳血管病変がある場合が多いという結果が出ています。 ↑上図はPVH発症、つまり微小脳梗塞巣の発症に関係する独立した因子として、加齢とアタッチメントロス(AL)が有意に認められることを示しています。歯周病の慢性化が血管性認知症に関連があることを示しています。(文献1より引用) 脳血管の動脈硬化が進むと、MRI(Magnetic Resonance Imaging / 核磁気共鳴画像法)検査において不整形・不均一な脳室周囲高信号域(periventricular hyperintensity: PVH)と呼ばれる画像が認められるようになります。これはそこに小さな梗塞巣があることを示しています。(整形・均質な血管周囲腔と区別する必要があります。) (文献1より引用)グレードが上がるにつれて、側脳室に接した部分のPVHの数が増えていきます。不整形・不均一な粒状・縞状の高信号域。 一方、アタッチメントロス(AL)は歯周ポケットの底からエナメル・セメント境までの距離を意味しますが、過去に歯周病による歯周組織の破壊がどのくらい起ってきたのかを示します。 6mm以上のアタッチメントロス(AL)を持つ者は、アタッチメントロス(AL)が6mm未満の者に比べ、脳室周囲高信号域(PVH)を持つ割合が多く、年齢や性別、糖尿病、高脂血症、喫煙、飲酒、肥満、降圧剤服用、収縮期家庭血圧と独立した関係を持っていることが分りました。 すなわち、アタッチメントロスはPVH発症の危険因子または予測因子になるだけでなく、歯周病の慢性化を抑えることがPVH発症、ひいては脳血管性認知症の予防につながる可能性を持っています。 なお、咬み合わせの喪失があるとラクナ梗塞と呼ばれる15mm以下の脳梗塞が起きやすくなる傾向も認められましたが、他の因子と独立した強い関係性は認められませんでした。 ラクナ梗塞やPVHの進行と認知症の程度との間には、関連が認められ、ラクナ梗塞やPVHが進行すると認知機能が低下する傾向があります。 なお今回の調査で認知機能の判定には、MMSEスコア(Mini-Mental Scale Examination)と国立精研式認知症スクリーニングテスト(Dementia Screening Test: DST)が使われています。下記を参照してください。 MMSE http://www.pref.gunma.jp/c/05/download/seisin/monowasure/27-30.pdf DST http://www.netwave.or.jp/~wbox/tihotyek.htm 口臭や歯茎からの出血など、歯周病を疑う自覚症状に気がついたら、すぐに歯科医院に通って初期のうちに歯周病をコントロールすることが、脳血管性認知症を防ぐのに役立つわけです。 つまりアルツハイマー型認知症は、歯の喪失による咬み合わせの喪失に関係し、脳血管型は歯周病の慢性化に関係していると言えます。 今、日本人の平均寿命は男性78.4歳、女性85.3歳ですが、健康寿命は男性72.3歳、女性77.7歳で、平均7年は健康とは言えない状態で過ごさなければなりません。(2005年) 身体の健康も大切ですが、認知機能が衰え、人格が崩壊してしまうと、体の死が到来する前に心の死を迎えることになります。 自らの過ぎ越してきた人生の果実を味わいながら、最晩年を心穏やかに過ごすことは、人生最後の贅沢ではないでしょうか? 嚥下性肺炎や認知症を引き起こし、高齢者のセカンドライフを脅かす口腔疾患を若いうちから予防・コントロールする習慣を獲得して、高品質なプライムエイジを楽しんでください。 もっとも日本の未来が心穏やかなものかどうかは、神のみぞ知ることでしょうが‥ 文献:「高齢者における歯の欠損・歯周病と認知症に関する調査報告書」財団法人「ぼけ予防協会」発行 |