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№97「発達障害のある人の歯科診療」広汎性発達障害その1
近年、「発達障害」という言葉を聞く機会がより多くなってきました。
最初は首も動かせなかった赤ちゃんが、笑顔を見せ、やがて首を持ち上げるようになり、上半身を起こし、寝返りをうてるようになり、お座りができるようになり、ハイハイをし、つかまり立ちをするようになり、立ち上がり、言葉が使えるようになり、急速に機能が充実していく姿を見ることは、親にとって至上の喜びです。
身長や体重など目に見える育ちを「成長」(Growth)と表現するのに対し、これらの機能面での育ちを「発達」(Development)と呼びます。
何らかの理由により、「発達」に遅れやゆがみが生ずる状態を「発達障害」(Developmental Disorders/Developmental Disabilities)と呼びます。
日頃、様々の患者さんが歯科診療室を訪れますが、糖尿病や循環器疾患、抗凝固療法を受けている患者さんや何らかの感染症を持っている患者さんなど、全身疾患を持つ患者さんへの知識や経験は徐々に浸透してきていますが、「発達障害」を持つ患者さんへの理解については、系統的に学ぶ機会が少なかったように感じています。
しかし共生社会の理念のもとでは、すべての人が安全で高品質な医療を受けることができるシステムを目指すべきであり、私たち歯科医療関係者も、自分達の歯科医療施設が受け入れられる領域の拡大を行なうとともに、医学的な理由から専門医療機関に紹介すべき患者さんのクラシフィケーションを、その歯科医療機関内で統一した基準で科学的に行なう必要があります。
「発達障害」の患者さんを社会全体で支え、障害の有無に関わらず安全で幸福に共棲できる社会を築くことは先進国を自認する我国の責務であると言えるでしょう。
「成長障害」に比べ、「発達障害」は機能の障害であるために、成人しても気がつかれない場合もあり、「発達障害」の特性に配慮した子育てや教育の機会を奪われたまま、母子ともに苦しんでいるケースは多くあるものと推察されます。
特に後述する「広汎性発達障害」の中には、一見して健常人と区別がつかない場合がほとんどであり、病気が原因で現れる社会への不適応行動が誤解され、様々の軋轢や本人や保護者への非難やいじめにつながっていることもあります。
たいへんに取り扱いに注意を要する問題ではありますが、歯科診療という、相手のパーソナル空間の中で仕事をする私たち歯科医療に携わる者に、もし、「発達障害」に関する正しい知識と経験があれば、早期に適切な対応を開始する機会を提供できる可能性があるものと思われます。
○ 発達障害の分類 (出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
1. 精神発達遅滞
・ 軽度精神発達遅滞
・ 中等度精神発達遅滞
・ 重度精神発達遅滞
・ 最重度精神発達遅滞
・ 重症度が特定できない精神発達遅滞
2. 広汎性発達障害
・ 自閉性障害
・ レット障害
・ 小児期崩壊性障害
・ アスペルガー障害
・ 特定不能の広汎性発達障害
3. 学習障害(LD)
・ 読字障害
・ 算数障害
・ 書字表出障害
・ 特定不能の学習障害
4. 運動能力障害
・ 発達性協調運動障害
5. 注意欠陥及び破壊的行動障害
・ 注意欠陥、多動性障害
・ 行為障害
・ 反抗挑戦性障害
・ 特定不能の破壊的行動障害
6. コミュニケーション障害
・ 表出性言語障害
・ 受容―表出混合性言語障害
・ 音韻障害
・ 特定不能のコミュニケーション障害
今回は主に「広範性発達障害」の患者さんについて纏めてみたいと思います。
○ 「広範性発達障害」(pervasive developmental disorders / PDD)とは、小児自閉症、レット症候群、小児期崩壊性障害、アスペルガー症候群、特定不能の広汎性発達障害の総称であり、その中でも知的障害のほとんどないものを特に、高機能広範性発達障害(高機能自閉症)と呼んでいます。
ここで自閉症と広汎性発達障害は別個の障害ではなく一連の発達障害を含む障害の総称です。(自閉症スペクトラム障害)
○ 自閉症スペクトラム(ASD)の概念 (「子供の精神医学ハンドブック」清水將之著 日本評論社 及び 厚生労働科学研究平成19年度「発達障害のある方の診療ハンドブック」主任研究員 堀江まゆみ(白梅学園短期大学)を参照、引用。)
近年自閉症は、「広汎性発達障害(PDD)」、「自閉性障害」、「自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder/ASD)」など、いくつかの名称で呼ばれている心の発達の障害です。
・ 自閉症スペクトラムは先天的な脳の機能障害であり、育て方や環境により起るものではありません。
・ 脳の認知や感覚の感じ方のメカニズムの違いから、一般の人には何でもないことができなかったり、すぐにわかることが理解できません。
・ 反対に一般の人にはできないことが、簡単にできたり、気がつかないことに気がついたりします。
・ 刺激に対する受け止め方も異なり、一般には平気な感覚刺激がとても苦痛に感じたり、私たちが苦手な感覚刺激に平気であったりします。
・ 「広汎性発達障害(PDD)」や「自閉症スペクトラム障害(ASD)」は100人に一人と高い頻度で現れ、症状が典型的に表れていない人に対しても、歯科医療での対応は同様に行う必要があります。
○ 自閉症の診断規準
(「子供の精神医学ハンドブック」清水將之著 日本評論社 及び 厚生労働科学研究平成19年度「発達障害のある方の診療ハンドブック」主任研究員 堀江まゆみ(白梅学園短期大学)を参照、引用。)
1. ウイング(Wing,L.)の三つ組
① 社会性の障害:対人関係が上手にもてない。:日常生活における社会的な振る舞いにおける暗黙のルールを理解できません。通常は、親しい友達に会ったときと大人に会ったときでは、挨拶の様式が異なるのがふつうです。
友達には、「やあ」と声をかけるか「○○」と名前を呼びますが、大人には「こんにちは」とやや改まって挨拶します。
通常は自然に身につくこの社会的なルールがどうしても理解できず、身につきません。
② 言語・コミュニケーションの障害:言語発達の遅れと偏り:通常は小学校に入学するまでに、日常会話の基礎が身についていますが、ASDの子供は例え知的障害がなくても、助詞や接続詞が抜け落ちることが多く、また自然な語り口で話すことができません。
相手や状況のTPOに合わせて、話し方や話す内容を調整することが困難です。
話しかけられたとき、相手の話し方の音韻や音調に注意が引きずられ、何を言われたのか文脈や話の内容を理解できず混乱することがあります。特に字句とは異なった解釈が必要になる比喩やことわざをなかなか理解できません。
また言葉以外身振りや態度、表情などの非言語的コミュニケーションが理解できないことも特徴的です。
③ 想像力の障害とそれに基づく行動の障害:こだわり行動、興味・関心の対象が狭く偏っている。:
「現実と空想の隔壁が薄く」、すべてを几帳面に解釈するASDの子供は、「おおよそ」という概念をつかむことに障害をもっています。ごっこ遊びも苦手なのが特徴です。
特に知的障害を伴う場合は、一度刷り込まれた登校の手順や、洗面時や身支度時の儀式的順序、家具の配置などが変化すると、それに対応できません。
一方、電話帳を全部記憶してしまうとか、一度見た風景を写真で撮影したかのように再現できるとか、通常の人には不可能な特殊な能力を持っている場合が少なくありません。
①~③の他に、手先が不器用、運動機能に難点がある、感覚刺激に対する反応が異なる、得意なことと不得意なことのアンバランスが大きいなども特徴になります。
2. DSM-IV-R(米国精神病学会発行の精神病の診断および統計便覧の改訂4版/ Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorder)の診断規準
・ 自閉性障害
A. 下記の(1)、(2)、(3)から合計6点の特徴を示す。
(1) 対人相互反応の質的な障害が、以下の4項目のうち少なくとも2項目で示される。
a 目と目で見つめ合う、顔の表情、身体の姿勢、身振りなど、対人的相互反応を調節する多彩な非言語的行動()の使用が強く障害されている。
b 発達の水準に応じた仲間関係を作ることに失敗する。
c 楽しみ・興味・達成感を他人と分かち合うことを、自発的には求めない。
d 対人的、あるいは情緒的な相互性が成立しない。
(2) 以下のうち、少なくとも一つの項目で明らかになるコミュニケーションの質的な障害
a 話し言葉に関する発達の遅れ、あるいは完全な欠如。
b 会話力の充分あるものでは、他人と話を開始し継続することが強く障害されている。
c 常同的で反復的な言葉の使用、または独特の言葉遣いをする。
d 発達水準に応じた、変化に富んだ自発的なごっこ遊びや社会性をもった物まね遊びができない。
(3) 行動・興味・活動が限定され、反復されることが、以下の中の少なくとも一項目で観察される。
a 強度あるいは対象について、異常なほどに情動的で限定されたやり方で、一つまたは数種の興味のみに熱中する。
b 機能的でない特定の習慣や儀式に執拗にこだわる。
c 常同的で反復的な衒奇的運動を反復する。(手や指を捻じ曲げるなど)
d 物体の一部分に持続して熱中する。
B. 以下の3領域において、機能の遅れや異常が3歳以前に観察され始める。
(1) 対人的相互反応
(2) 対人的コミュニケーションに用いられる言語
(3) 象徴的な遊びや想像的な遊び。
自閉性障害の診断規準に続いて、レット障害、小児期崩壊性障害、アスペルガー障害、特定不能の広汎性発達障害が列記され、全体として広汎性発達障害(Parvasive Developmental Disorders)と呼ぶことになっています。
DSM-IV-Rの診断規準は多少分りにくく、直感的に把握することが困難です。
確率的には100人の患者さんに出会えば、その中に一人のASDの患者さんがいるわけですから、歯科医療関係者はASDの患者さんへの正しい対応について学ぶ必要があります。
アインシュタインもグラハム・ベルもトム・クルーズも、つい数年前に、日本の首相であったあの人も、ASDだと言われています。
ASDの患者さんは「異能の人」である場合があり、平均的な人間ばかりで構成されている社会では、起りにくいブレークスルーを起す役割を果たしています。
したがって決して否定的な要素だけではありませんが、歯科診療においては一定の配慮が必要になります。また歯科医療関係者はあくまでも、精神医学の専門家ではありませんから、軽々しい「診断」や「治療」を示唆する行為は慎み、専門家の判断や指導に従う必要があります。
以下、次稿に譲ります。
参考文献:
1.「子供の精神医学ハンドブック」清水將之著 日本評論社
2.厚生労働科学研究平成19年度「発達障害のある方の診療ハンドブック」主任研究員 堀江まゆみ(白梅学園短期大学)
3.「精神疾患・痴呆症をもつ人への看護」小林美子・坂田三允著 中央法規
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