歯科不安症・歯科恐怖症(dental fears and phobias)の克服 工事中

コラム
        どうしようもない強い不安に苦しむ 
           不安障害(Anxiety Disorders)

 歯科治療を受けるのが大好きという人はめったにいません。まれに何百kmも離れた遠隔地から毎月定期健診に通われる患者さんがいらっしゃいますが、ほとんどが大きな治療を必要としないメンテナンスの患者さんの場合です。大概の患者さんにとって、歯科治療というのは不快で忌まわしい拷問であり、できれば一生避けて通りたい厄災に過ぎません。歯科治療に対し強い不安を感じる患者さんにとっては、歯医者というのは無慈悲に魔女を責める異端審問官といったところでしょうか。

 本来、危険なものに対して怖れや不安を抱くことは、生物として当たり前の防御反応です。蛇や刃物や怪物や絶壁やプルトニウムや溢れ出る出血を怖いと思うのは、ごく自然な感情であり、自分を守る大切な警告信号になっています。世の中にはハイリスクな脅威に対してまったく恐れを感じない人がいますが、脇から見ていると運を天に任せて綱渡りをしているようなもので、その人が現在も生きのびている理由は単なる僥倖にすぎません。

不安と恐怖の違いですが、『精神医学の領域では、不安とは漠然とした未分化な恐れの感情を指し、はっきりとした恐れの対象がある恐怖とは区別される』(『こころの臨床』vol253頁8長井友子/駒木野病院精神科より引用)」となっていて、合理的な理由があって起こる不安を現実不安と呼び、合理的な理由がなく、仕事や生活に支障をきたすような過度な不安が繰り返し見られたり、持続する不安を病的不安と呼んでいます。(引用:同上)

生きていくためには現実不安を掻き立てる対象を克服しなければならない場面が往々にしてやってきます。

爬虫類が跋扈する南海の小島に置き去りにされたり、ブラックジャックにあこがれて外科医を志したり、ホラー映画の特殊メーキャッピストになってしまったり、何の因果かK2のジャンクションピークに取り残される羽目に陥ったり、北朝鮮の核技術者に生まれついたり、人間の運命には何が待ち構えているものか分かったものではありません。

これらのリアルな脅威に対して、不安や恐怖を覚えるのは正常な反応ですが、その脅威が去ってもいつまでも強い不安を感じたり、日常生活の必要な行動がとれなっかたり、強迫行為のように不要な行動を繰り返す場合などが恐怖症と不安障害です。恐怖の対象が明確な場合を恐怖症と呼び、不明確な場合を不安障害と呼んでいます。

歯科治療も、他人に口の中に手を突っ込まれて、あれこれ操作されるわけですから、捕食者の間を何十万年も逃げ回ってきた歴史を持つ生物としては受け入れがたいのが当たり前です。

しかしむし歯や歯周病や歯の欠損を放置しつづければ、もっと悲惨な運命が待っているので嫌々ながら歯医者に行くことになるのです。

歯科医院に足を運ぶことのできる多くの歯科恐怖症患者は比較的軽症な部類で、本当に重症な歯科恐怖症患者さんは歯医者に行くくらいなら死を選びます。むし歯が原因で髄膜炎を起こしそうでも、尚歯医者に行くことを拒む人さえいます。

半数くらいの歯科恐怖症の患者さんは、恐怖を植えつけられた何らかの強烈な経験を話すことができます。残りの半数は心のどこかにその記憶を凍結してしまい込んでしまい、思い出すことができません。

小学校3年生〜4年生のときに歯医者で怖い思いをしたという人が多いように感じられます。三つ子の魂百までとも言いますが、歯科恐怖症の場合は、学童期にその根があるような気がします。

この時期にあまりにも恐ろしい体験をしてしまうと、いざ決意して治療椅子に座っても、自分では制御できない強烈な情動反応に襲われることになります。また歯科恐怖症には明らかに家族性があり、怖がりの家系というものが観察されます。ご両親が歯科恐怖症だと、お子さんはほとんど例外なく歯科治療に対し過度に緊張します。環境に理由があるのか、怖がり遺伝子というものがあるのか定かではありません。

重症の歯科恐怖症の患者さんを経験すると、人の心は壊れやすく、一度壊れてしまったら、簡単には元の完全な状態には戻らないのではと感じます。治療によって自覚・他覚症状は改善しますが、一点の曇りもなく完全に自由で幸せであった過去の自分に戻ることはできないのです。それは深い傷が瘢痕を残して治癒するようなもので、心が壊れた前の自分と回復した自分とは別の存在になっているのです。


 歯科恐怖症とは

不安とは「漠然とした未分化な恐れの感情(『こころの臨床』vol25bR頁296長井友子/駒木野病院精神科より引用)」とされていますが、先に述べたように、理性では制御できない不安な気持ちに支配されて合理的な行動がとれなかったり、パニックを起こしてしまったり、その結果ストレスにさらされた身体がダメージを受けるか著しい社会的不利益を蒙るような病的な不安を不安障害と呼びます。


認知行動療法の考え方によれば、不安の大きさは待ち構えているかもしれないリスクと自己や他人から得られる助けを含めた対応能力のバランスにより決定されると言われています。(『こころの臨床』vol25bR頁295H藤澤大介/慶応義塾大学医学部精神神経科より引用)

つまり予想される危険が大きいものと認識されていればいるほど、不安は大きくなり、こちら側の対応能力が高ければ高いほど不安は小さくなるわけです。

不安障害においては、リスクは客観的な現実のリスクより過大に評価され、自分や他者に期待できる対応能力は不当に低く評価されています。

 
歯科恐怖症とは実際の歯科治療における現実的なリスクに見合わない過大な恐怖感に圧倒されて、歯科治療の必要性を理性では理解しているにもかかわらず、正常な歯科受診ができないばかりか時には強い情動反応が起こり血圧低下や心因性ショックを起こすような病態を言います。

 不安障害には以下のようなものがあります。(『好きになる精神医学』越野好文、志野靖史著・絵 講談社サイエンティフィック
頁28、不安障害の臨床心理学』坂野雄二、丹野義彦、杉浦義典編集 東京大学出版頁2より引用・改変)

@パニック障害(広場恐怖を伴うものと伴わないもの):特別な原因や前触れなしに激しい不安感を伴って動悸、息苦しさ、めまいなどの強い身体症状が起こる。
A広場恐怖:助けてくれる人がいない状況や、囲われていて逃げられない場所でパニック発作が起こる。怖いと感じている場所に出かけられない。
B特定の恐怖症:動物恐怖症、血液・注射・外傷恐怖症、歯科恐怖症など。
C社会不安障害:人前で何かをしようとしたときに不安に襲われ、極度に緊張する病気。
D強迫性障害(OCD):強迫観念が浮かび不合理だと感じながらもやめられない。
E心的外傷後ストレス障害(PTSD):様々な原因の精神的な大きなショックを受けた後に発生する重症の精神障害。
F急性ストレス障害(ASD):交通事故生存者など強いストレス経験の後におこる恐怖や不安による障害。(事故の後、車に乗れないなど)
G全般性不安障害:理由や根拠のない慢性的な不安が対象を変えて次々と現れ、筋緊張性頭痛や筋・筋膜疼痛症候群、筋肉の痙れん、睡眠障害などが起こる。



 
特定の対象を恐れるものは『恐怖症と呼ばれますが、歯科恐怖症はDSM-Y(アメリカ精神医学会による精神障害の分類と診断の手引き)において、特定の恐怖症(specific phobia)またはパニック障害の広場恐怖を伴うものに分類されています。

このうち特定の恐怖症の診断基準として次のような項目が挙げられています。(以下『不安障害の臨床心理学』坂野雄二、丹野義彦、杉浦義典編集 東京大学出版を参照・引用)

基準A:特定の対象や状況に対する著明で持続的な恐怖である。
基準B:その恐怖刺激にさらされると不安反応が誘発される。
基準C:時としてパニック発作が誘発されることがあり、この障害を持つ青年や成人はその恐怖が過剰で不合理だという認識を持っている。
基準D:恐怖刺激はふつう回避されるが、強い恐怖を抱きながら耐え忍ばれることもある。
基準E:こうした症状により社会生活や学業、職業が著しく障害されているか、著しい苦痛を感じている。
基準F:18歳未満の場合、診断には6ヶ月間症状の持続が認められなくてはならない。
基準G:鑑別診断に関して、生じた不安やパニック発作を回避型の精神疾患でうまく説明できない。

 特定の恐怖症は5つに分類されています。

@動物型: 犬、猫、ヘビ、クモ、ゴキブリ、毛虫などが恐怖の対象。

A自然環境型: 嵐、雷、高所、水などが恐怖の対象。

B血液・注射・外傷型: 血液または外傷を見ることや、注射あるいは他の侵襲的な医学処置を受けることがきっかけで恐怖が生じている恐怖症。

C情況型: 公共輸送機関やトンネル、橋、エレベーター、飛行機、自動車運転または閉鎖された場所といった特定の情況がきっかけで生じている恐怖症。

Dその他の型: 窒息、嘔吐、病気にかかるかもしれない情況に対する恐怖や回避、空間や大きな音、仮装した人物などに対する恐怖等。

 歯科恐怖症はB血液・注射・外傷型に含まれると思いますが、血液・注射・外傷型の有病率は3.1%〜4.5%と言われ、10歳〜20歳の有病率は12%と高く、30代で10%、40代で7%、50代で6%、60代で0%と年齢とともに減少します。家族の有病率も高く血液・外傷恐怖症の61%、注射恐怖症の29%が家族に同じ恐怖症罹患者を持っています。

発症年齢は低く、血液・外傷恐怖症の65%、注射恐怖症の68%が10歳未満で発症しています。

『血液・外傷恐怖症の特徴は、血管迷走神経性失神を起こすことで、血液・外傷恐怖症と診断された患者の70〜80%、注射恐怖症と診断された患者の56%が恐怖刺激に直面したときに失神しています。血液や外傷を見て失神する大学生は13%であるが、その割合は
男性(7%)より女性(17%)で高く、血液を見て1回でも失神したことのある人は、男性(11%)よりも女性(25%)で高くなっているとされています。』


 
『ほとんどの恐怖症では、恐怖刺激にさらされると血圧や心拍数が増加し、過覚醒の状態になるが、血液・注射・外傷恐怖症の生理反応パターンは逆で、刺激にさらされた直後に心拍数や血圧の一時的な増加が認められるが、その後ベースラインより低い水準まで急速に低下する。
その結果として気を失ってしまうこともある。一部の患者では、血圧と心拍数の急激な低下の結果、心収縮不全を引き起こすこともある』
(以上『不安障害の臨床心理学』坂野雄二、丹野義彦、杉浦義典編集 東京大学出版を参照・引用)

 
不安障害の原因

不安障害の原因は単一のものではなく様々のレベルと種類の要因が複合していると言われます。おそらく歯科恐怖症も多因子要因の影響がある閾値を越えたときに発症しているものと思われます。

杉林由季子先生/慶應義塾大学病院精神神経科によれば、不安障害の原因には次のようなものが挙げられます。(『こころの臨床』vol25bR頁301より引用)
不安障害の要因
長期的な誘発要因 誕生・幼児期における原因 遺伝的負因
幼児期における心的外傷や虐待
最近の状況的な誘引 パニック発作や広場恐怖症をもたらすできごと 過去数ヶ月のストレス
過去数ヶ月の重大な過失
過去数ヶ月の環境の変化
過去数ヶ月の病気
継続原因 発生してしまった不安を継続させる原因 捨てることのできない信念
恐怖の対象の継続的回避
運動不足
自信の低下
ジャンクフードや糖分の摂りすぎによる低血糖、ホルモンのバランスの乱れ→発汗、攻撃性、いらいら
神経生物学的原因 神経伝達物質、とくにセレトニン、ノルアドレナリン、GABAなどの欠乏あるいはアンバランスく
偏桃体と青斑核の過剰反応
前頭葉や側頭葉などの高次脳中枢による過剰反応性の抑制・制御不能

 歯科恐怖症の場合、例えばもともと怖がりの家系で、過剰反応を起こしやすく、幼児期に歯科医院や医科医療機関で怖い思いをしたことがあり、過去に何度か歯科治療をうまく受けれなかった体験が積み重なった状態などが考えられます。

 ひとつの要因を取り除いたり改善することに成功しても、他の要因の影響が強ければ正常な歯科治療が受けられないわけで、顎関節症と似ているところがあります。

 不安障害の治療法の種類『不安障害の臨床心理学』坂野雄二、丹野義彦、杉浦義典編集 東京大学出版及び『好きになる精神医学』越野好文、志野靖史著・絵 講談社サイエンティフィックその他を参照・引用)

不安障害の種類 おもな治療法
パニック障害 認知行動療法 予期不安・広場恐怖の改善
薬物療法 SSRI等でパニック発作と抑うつ反応の改善
強迫性障害 認知行動療法 強迫観念にまつわる否定的な自動思考を改善
曝露反応妨害法
(ERP)
不安刺激を用いて、不安をできるだけ持ち上げてから、患者が儀式的行動により不安を解消しようとするのを妨げ、自然に不安が緩和されるように訓練
薬物療法 SSRIで強迫症状を緩和。ERPと併用で効果。
心理教育 グループによる介入や家族療法
森田療法 不安や恐怖をあるがままに受け入れ共存する。
社会不安障害 認知行動療法 ライフスタイルを変更
薬物療法 SSRI等。
全般性不安障害 教育 不安に対する基礎的な知識の学習
心理療法 認知療法(不安や心配の受け止め方の誤りに気づく。)
ライフスタイルの改善 早寝早起き、規則正しい生活、適度な運動、過労を避ける、酒を飲みすぎない
社会的援助
薬物療法 SSRI, SNRI, TCA, BZ, AZ
特定の恐怖症 エクスポージャー法 不適応な行動や情動反応を引き起こす刺激に対象者をさらす。
外傷性ストレス障害
(PTSD)
認知行動療法 トラウマの原因になった出来事の記憶を認知的に再編成
エクスポージャー法 不安の元になった記憶に回避行動をとらずに直面
EMDR 眼球運動による脱感作と再処理法
薬物療法 うつ状態、不安、睡眠障害などの合併症状の減少目的



 歯科恐怖症の治療プロトコール(来院可能で診療室にも入室できる場合)
 
 歯科恐怖症の患者さんのすべてが自分が歯科恐怖症であるという病識を持っているわけではありません。

もともと歯科恐怖症という観点から見るとすべての患者さんは次の3群に分類できます。

@歯科不安受容型:通常の歯科治療を大きな恐怖感を感じることなく受けることができる患者さん

A歯科恐怖症との境界型:歯科受診に強い不安を感じ、無断キャンセルや直前キャンセルを繰り返す。歯科治療に対しては、強い不安と緊張を示し、痛みや注射に対し極度に敏感であり、強い嘔吐反射を示したり、治療中に筋肉の緊張やふるえ、冷や汗等が観察され、心身の消耗が激しいが最終的には歯科治療が可能である患者さん

B歯科恐怖症:痛みや出血を伴わない歯科治療を良く説明を受けてから試しても、自分で制御できない激しい恐怖感に襲われ、開口したり治療椅子に仰臥することができない。治療行為が継続された場合、血圧が低下したり、失神、失禁を起こし、放置すればショック状態に移行する患者さんで多くの場合、笑気吸入鎮静法もマスクを装着できず無効である。

通常、診療室に入ることのできる患者さんのほとんどは@かAのどちらかに属します。しかしごくまれにデンタルミラーを顔に近づけることさえできない真性の歯科恐怖症の患者さんが来院されます。歯科恐怖症の患者さんは重症になればなるほど、長期間歯科医院を受診していなかったため、多数の進行したむし歯が放置されていたり、歯が欠損した後の病的な歯牙移動のために、咬合崩壊を招いているケースが多く、多くの患者さんは『全部の歯が自然になくなるまで我慢して、入れ歯にすればいい』と考えているように思います。


しかし、突発的に襲う激しい痛みを伴う急性症状などに耐えられずに、どうしようもない状態で歯科医院を受診することになります。炎症が強く痛みが激しい場合、局所麻酔は奏功しにくく、ただでさえ歯科治療に激しい恐怖を示す患者さんに、さらに負の体験強化を積み重ねることになり、患者さんは当面の痛みさえなくなれば二度と来院することはなく、さらに病状は進行していきます。その結果、摂食障害や顎位の不良による様々の弊害、病巣感染の影響により、生活の質は低下していきます。また繰り返しの無益な歯科受診は限りある医療資源の浪費につながり、社会的な負荷も増していくことになります。

 
歯科恐怖症への行動療法的なアプローチ

 歯科恐怖症へ系統的脱感作法を試みる場合、イメージによる脱感作法よりも実際の模擬的な歯科治療行為で恐怖段階の軽いものから重いものへ直面させるエクスポージャー法(exposure:曝露療法)を実施することが多くなります。

 しかしその前にまず患者さんと歯科医の間で、患者さんの歯科治療に対する不安や恐怖へのとらわれについて共通の認識が形成・共有されなければなりません。
初診日には歯科的な系統的な診査を行うだけでなく、患者さんが@歯科治療に対する不安感を受容できるタイプか、A境界型か、B歯科恐怖症かのスクリーニングを行います。患者さんの既往歴、現病歴、顔色、態度から判断する他に、『歯科治療に対する不安度調査表』に記入してもらうことがあります。
歯科治療に対する不安感や恐怖感は程度の差はありますが、すべての患者さんが持っていますから、その強さに応じて歯科治療や歯科医療に対する認知と行動の変容を目指すことになります。

実施項目 特徴
初診日 一般的な詳細な問診と診査

歯科恐怖症のスクリーニング
必ず検査の必要性について説明し、同意を得ます。

問診では過去の歯科治療歴、歯科治療で気分が悪くなったことがあるかどうか、病状が進んだ原因は何か、歯科治療に対しどんな感情を持っているか、嘔吐反射の有無、今回の歯科治療への希望、基礎疾患、他科通院・入院歴、投薬歴、常用薬、睡眠障害の有無、摂食障害の有無などを必ず確かめます。

診療室への入室の段階で強い緊張を示す患者さんに対しては、プロトコールに従って歯科衛生士に質問を行わせ、歯科医師は患者さんの視界に入らない背後で患者さんに圧迫感を与えないように歯科衛生士に質問内容の指示を逐次出します。患者さんの緊張がほぐれた段階で、歯科医師が問診を引き継ぎます。

患者さんが強い歯科恐怖のために通常の歯科治療が困難な場合、歯科恐怖症の概念について説明し、歯科恐怖症は多くの人にみられるありふれた病気であること、歯科治療への強い不安感は誰でも持っているあたりまえの感情であること、しかし人により強すぎる不安や恐怖にとらわれて理想的な歯科治療を受けられなくなる場合があること、不安や恐怖のメカニズムについて説明し、歯科恐怖症の疑いがあること、歯科恐怖症を克服するトレーニングを受けるかどうかを相談します。

主訴の解決 歯科恐怖症の患者さんが強い痛みなどで来院された場合、その主訴に対応することは大変困難ですが、支持的・受容的な態度を崩さずに、なんとかして痛みを取り除くか、暫間的でも主訴を解決する必要があります。

逆に言えば、この段階でもし主訴を解決できれば、その時点で曝露療法は終わっています。

リラクセーション法、怖がりスイッチ、笑気吸入鎮静法、ツボ刺激法等を活用し、なんとか主訴を解決します。

歯科恐怖段階表の作成 患者さんが歯科治療をいつから怖いと思うようになったか尋ねます。
そのきっかけとなる出来事があるのか、恐怖感の強さは年齢とともに弱くなっているのか、強くなっているのか、歯科治療を受ける際、具体的にはどんな治療行為や状況が怖いのか、恐怖感から無断キャンセルや直前キャンセルを繰り返したことがあるのか等必ず質問し、次回治療予定行為が怖くて来院できない場合は恐怖感が薄れるまで治療内容を変更・延期できるので、必ず前々日までに電話で相談してほしい旨を伝えます。

恐怖の対象となる治療行為を書き出したら、そのコピーを渡し、段階別に恐怖感の弱いものから強いものへ並べるように宿題を出します。

2回目 診断・治療計画の説明と
曝露法
歯科治療恐怖階層表の項目を声を出して読み上げてもらいます。

曝露法のメカニズムについて再度説明した上で、リラクセーション法を指導し、実際に何回も練習します。

恐怖段階の一番低い項目の診療行為を模擬的にリハーサルして、その時の感想を聞きカルテに記録します。

恐怖段階を克服するごとに小さな克服カードを患者さんに渡し保管してもらいます。

3回目 脱感作の継続 当日来院するときの気持ちがどうであったか、以前と変化があるか尋ねます。

克服した段階ごとに治療を進め、全体の治療計画の中のどの過程であるか説明します。

次回治療予定を説明し同意を得ます。もし恐怖感のために来院できないときは、治療内容の一時的な延期や変更に応じるので必ず前々日までに連絡してほしい旨を説明します。
治療の完了 メンテナンスへの移行

または高次医療期間・他科への紹介
適切なホームケアとメンテナスを実践することにより、恐怖感の大きい治療行為を減らすことができることを説明します。

通常の行動療法が無効な場合は遅滞なく高次医療機関へ紹介し、うつ病等の合併など薬物療法や専門的な精神療法が必要な場合は他科へ紹介します。


歯科恐怖症日記



 歯科恐怖症と認知療法(Cognitive Therapy)(『「うつ」を治す 大野裕著 PHP新書』 及び『うつからの脱出 プチ認知療法で「自信回復作戦」 下園壮太著 日本評論者 』及びフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)等参照) 

 認知療法は、1960年代にアーロン・ベック(Aaron Temkin Beck、1921年7月18日〜認知行動療法 )やアルバート・エリス(Albert Ellis、1913年9月27日 〜論理情動行動療法『Rational Therapy:RT』の創始者)やドナルド・マイケンバウム((Donald H. Meichenbaum, 1940年〜自己教示訓練『Self Instruction Training』、ストレス免疫訓練『Stress Inoculation Training:SIT』の創始者)によって、それぞれ独立に始められた心理療法の総称です。

 認知(COGNITION)とはその人固有のものの考え方や受け取り方の傾向や癖を意味します。私たちは現実をそのまま受け取るのではなく、必ず認知という主観的なフィルターを通して解釈し認識しています。その結果私たちの心の中に再構成される認識された世界は決して現実世界の客観的な鏡像ではなく、私たち自身のある種の歪みを反映したあくまでも主観的な世界です。その固有の歪んだ世界の中で私たちの心は感情を生み、行動を起こしています。

 ふつうは生きていくために都合がいいように現実に適応して認知のフィルターは変形し、何か困難なことが起きてもそれを乗り越えるように別の解決策を探したり、見方を自由に変えることができます。

 しかし強いストレスや継続的な疲労により心の柔軟な適応力は失われ、認知のフィルターは現実対応能力のない歪んだ状態に固着してしまいます。強いストレスにさらされるとものの見方や考え方が狭くなり、現実への適応力が失われ心の袋小路に追い込まれていきます。このような現実に対応していない認知の歪みを正し、心の柔軟性を取り戻すことによって不安感やうつ状態を改善しようとする考え方が認知療法になります。

 ただし強いうつ状態など極端に心が疲れているときにやみくもに認知療法を行っても、健康な人でも自分に染み付いたものの見方や考え方を転換するには大きなエネルギーを必要とするのに、心のエネルギーが枯渇したうつ状態で認知の転換を図ることにはかなり困難を伴います。歯科恐怖症という認知の歪みを正すにも、患者さんの心のエネルギーの状態を絶えず推し量る必要があります。

 認知の歪みとしては次のものが挙げられています。(『「うつ」を治す 大野裕著 PHP新書』より転載、改変)
  
認知の歪み 特徴
恣意的推論 証拠が少ないのにあることを信じ込み、物事を独断的に推測し判断する状態
二分割的思考 曖昧な状態に耐えられず、物事を白か黒かの二項対立でしか捉えられない
選択的抽出 自分が関心ある事項にだけ目を向け結論を急ぐ状態
拡大視・縮小視 自分の関心のあることは大きく捉え、自分の考えや予測に合わない部分は過小評価するか無視する態度
極端な一般化 わずかな事実から全体を判断してしまう態度
自己関連づけ 自己責任を過大に大きく感じ、少しのミスでも自分を責めてしまう態度
情緒的な理由づけ そのときの感情状態から現実を判断してしまう態度


 


フチグロセンノウ
保険診療は医療資源を効率よく最大に活用することを目標に運用されています。もともとが富国強兵政策の一環として内務省が構想した制度ですから、あくまでもお国のために役立つ労働資源を確保するという意識が中心にあり、弱者を保護するという社会的セーフティーネットとしての役割は軽視されるきらいがあるかもしれません。
出来高払い制度も包括医療制度も、ある特定の疾患に対し決められた治療名目を行ったときに診療費が給付されるわけですから、むつかしい病気で複雑で手間のかかる治療が必要になるほど、医療機関の赤字が増大していく構造的欠陥を持っています。
歯科医療の場合であれば、丁寧で良質な治療を行えば行うほど赤字が増えていくことになります。

 そこで問題になるのはその病気にかかる人の数が少なく、また難病になるほど保険制度の埒外に追いやられてしまうことです。
現在歯科保険診療で最も不遇な状況に置かれている患者さんは2種類あり、ひとつは金属アレルギーの患者さんであり、もうひとつは歯科恐怖症の患者さんです。

 金属アレルギーの患者さんの場合、金属を使わないで冠を被せる必要がありますが、保険診療で大臼歯に被せられる冠は12%金銀パラジウム冠か銀合金冠に限定されています。本当はオールセラミック冠が望ましいのですが、現在の保険制度の中では対応できません。金属アレルギーでどんなに苦しんでいても、保険診療内でその患者さんを救う手段はないのです。
ましてや化学物質過敏症の患者さんがもし来院したら、ほとんど打つ手がないのが実情です。

 歯科恐怖症の患者さんの場合は、必ず精密なカウンセリングと系統的脱感作療法等の治療が必要になりますが、歯科保険医療では例え午前中の診療時間を全部費やして対応したとしても一切給付対象とはなりません。
最後の頼みの綱として、泣きついてくる患者さんを見捨てるわけにもいかず、ボランティアワークとして対応していますが、経営的にはかなりつらいものがあります。ほとんどの歯科恐怖症の患者さんには自由診療を行うだけの経済的基盤がない場合が多く、大学病院に紹介しても治療が不可能な強いトラウマに苦しめられている人が多数いらっしゃいます。

 社会は本質的に常に誰かの犠牲の上に成り立っています。
病者がいるということは病気でなく健康を享受している人が別にいるということを意味し、たまさか何らかの偶然により病気になる機会が自分でない他人に割り当てられただけにすぎません。富める者、健康な者は常に自分の替わりになっている人がこの世の中にいることをいつも意識する必要があります。
少数の不遇な立場におかれた人々にも暖かい目を向けるような保険制度であってほしいと願っています。










コイワカガミ







 心の病気(『好きになる精神医学』講談社P30より引用)


グループ 病名
気分障害(=感情障害)
気分の落ち込み
うつ病 大うつ病
小うつ病
うつ病の症状のいくつかが2週間以上続いている
気分変調性障害
うつ状態は軽いが2年以上続いている
双極性気分障害(躁うつ病)
不安障害のおもなもの
過剰な不安に苦しむ
パニック障害
強迫性障害(OCD)
社会不安障害(社会恐怖)
全般性不安障害
特定の恐怖症
外傷性ストレス障害(PTSD)
統合失調症
妄想と幻覚
妄想型
緊張型
解体型
身体表現性障害のおもなもの
原因となる身体疾患がないのに身体症状がある。
心気症
身体化障害
病気または身体的な理由がないにもかかわらず、身体的疾患を示す複数の症状があると訴える。
その他の病気でおもなもの アルツハイマー病
アルコール依存や薬物などの依存症
睡眠に関するもの 不眠症
睡眠時無呼吸症候群
睡眠相後退症候群
拒食症、過食症などの摂食障害
性同一性障害
子どもの病気のおもなもの 広汎性発達障害(自閉症)
注意欠陥他動性障害(ADHD)
分離不安障害
家から離れることや愛着のある人と離れることを過剰に不安がる。
歯科恐怖症の患者さんの一部では、うつ病やパニック障害、全般性不安障害、PTSD、心気症、身体化障害などの合併が観察されます。

 パニック障害 PD (panic disorder/panic attack)
      参照・出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
      参照・出典:『好きになる精神医学』講談社サイエンティフィック
 
 症状:予期しないときに激しい不安感を伴って、「動悸がする」「息が苦しくなる」「めまいがする」「手足がしびれる」「吐き気がする」「死ぬのではないか」「狂ってしまうのではないか」などという恐怖に襲われます。これをパニック発作(不安発作)と呼びます。パニック発作はある程度の時間が経過すると自然におさまり、検査をしても身体には何ら異常はみつかりません。患者さんは、自律神経失調症、狭心症、喘息、過換気症候群などの病名をつけられることが多く、内科、耳鼻科、産婦人科などを最初に受診することが多いと言われています。

 有病率:生涯有病率は人口の約3%で女性は男性の3倍。

 予期不安(anticipatory anxiety):パニック障害の患者さんは、この体験を非常に強烈なものとして感じるため、次に不安の発作が発生する状況を非常に恐れ、また起きるのではないかと、さらに不安に感じます。これを予期不安といいます。

 広場恐怖:パニック発作が電車や飛行機、
歯科医院、理容室・美容室、道路の渋滞など、一定時間特定の場所に拘束されてしまう環境や、スーパーマーケットなど人込みの中などその場からすぐに離れたり逃げたりすることが難しい場所で起こります。このため、前述の発作が実際に起きてしまうことを恐れ、乗り物に乗ることなど不安を感じる特定の状況を避けたり、発作を避けるために家にこもりがちになったりします。このような症状を広場恐怖(Agoraphobieアゴラフォビア)といいます。なお、パニック障害は広場恐怖を伴うことがありますが、逆に広場恐怖の原因のほとんどはパニック障害であるといわれています。
パニック障害の症状はカフェインやニコチンで増悪することがわかっています。

 診断:予期しないパニック発作が繰り返し発生し、それらに対する予期不安が1か月以上続く場合、パニック障害の可能性が疑われます。

ただし、PTSD・うつ病・強迫性障害などの精神疾患の症状の一つとしてパニック発作を併発する場合がありますが、この場合は、これらの病気の症状の一つとして扱われ、パニック障害とは診断されません。また身体疾患が原因になっている場合もパニック障害とは診断しません。

パニック障害は、広場恐怖を伴うものとそうで無いものの2つに分けて診断されます。

特徴と発症のメカニズム:(以下、『好きになる精神医学』講談社サイエンティフィック頁52〜53』参照)発病には過労やストレスが関係している場合が多く、多くの人が発病前の半年間に強いストレスや長期間の体力を消耗させる状態を経験しています。

 パニック発作は古い脳である脳幹(橋)の青斑核に原因があって起こります。
感覚器から入力される各種情報は大脳皮質で認知、処理され大脳辺縁系の海馬と偏桃体へ伝えられます。海馬は記憶の中枢であり偏桃体は外部刺激に対し、快・不快・恐怖感を起こす場所として知られていますが、短期記憶を司る海馬では偏桃体におけるその情報に対する好き嫌いの感情を参照しながら、保存する記憶を選んでいるらしいと言われています。
 一方、脳の深部にある小豆大の青斑核は危険を身体に知らせる警報機の役目を果たし、身体の外部からだけでなく、体内の臓器からも危険信号が青斑核に送り込まれると青斑核は危険信号を発します。

 パニック障害では、実際には何も危険が起きていないのに突然、青斑核が危険信号を発し、身体はそれに応じて危険に備えます。すなわち脈拍は上がり、血圧が上昇し、血糖値が高くなり、過呼吸を起こします。この反応がパニック発作です。
 青斑核の危険信号は交感神経を刺激するノルアドレナリンが青斑核から過剰に分泌されることにより起こります。
 
 ベンゾジアゼピンなどの抗不安薬により、青斑核のノルアドレナリンの活動を抑えるとパニック発作は治まりますが、またパニック発作が起こるのではないかという予期不安が残こってしまいます。

パニック発作を何度も起こした患者さんは、『広場恐怖』を起こす可能性のある場所に出かけることを避けるようになり、深刻な場合は自宅から一歩も出ることができなくなります。つまり安心できる場所を離れて孤立することができなくなります。このような日常生活を著しく歪め、制限し指定しまうような回避行動を『恐怖性回避(phobic avoidance)』と呼びます。また発作自体や予期不安により心身は著しく疲弊するために、うつ状態にも陥りやすく、うつ病になることもあります。一般にパニック障害の患者さんの50%がうつ病を合併していると言われています。

予期不安の原因:(以下大半、『好きになる精神医学』講談社サイエンティフィック頁60』参照)

 青斑核でパニック発作を起こした神経伝達物質の乱れは、古い脳から古い脳と新しい脳の仕切りである大脳辺縁系を通り、大脳の前頭葉の神経細胞にも影響を与えます。古い脳と新しい脳の働きは性質が異なり、古い脳の青斑核では警報の誤作動による「発作」という形をとったパニック発作が、新しい脳の大脳では人間の情動に影響を与え、「極度の不安感」という形をとって表れます。
ある状況や場所でパニック発作を起こした場合、大脳はその状況や場所を恐ろしい発作を引き起こした原因と関連付けてしまい、その状況や場所に直面する必要が生まれると強い恐怖感を伴う不安(予期不安)が生じ、その状況や場所を回避してしまいます。(条件性回避反応)

何度もパニック発作を起こしている患者さんの大脳ではセレトニン不足が起きていることが分かっています。またセロトニン(5−HT)受容体の感受性亢進も認められます。これに対処するため、使用されることが多いSSRIですが、SSRIの効果が発現するには2週間から4週間必用なため、この間半減期の長い抗不安薬を併用します。パニック障害の治療では、パニック発作と回避行動が完全になくなり、寛解期間が十分にあることが大切です。したがって症状がコントロールされてから1年程度の治療継続が必要ですが、予後の良好な症例に対し漫然と投薬しつづけてはいけません。

パニック障害の治療:(『こころの臨床』vol25bR頁395.396「パニック障害・過換気症候群からの脱出 立松一徳 千葉県船橋市 立松クリニック」を引用・要約)

@面接を通して患者さんの不安をしっかりと受けとめる。患者さんの不安の訴えを十分聴いた上で、単に不安が強いというだけでなくて、不安にとらわれる態度が自ら不安を強めてしまっていること、しかしそのとらわれを捨てることができずに身動きがとれなくなっていることの葛藤を含めて受け止めていくことが重要です。

A患者さんの不安にとらわれる態度が身動きのできない事態を生んでいることを明らかにする。

B不安へのとらわれの背景にある心理的危機を明らかにする。

Cとらわれを生む因子としての性格的な特徴を明らかにする。

D薬物療法を行う場合でも補助的な位置づけに限定する。
必要に応じ長時間作用型の抗不安薬を朝夕2回処方する。突発的なパニック発作に対応するため短時間作用型の抗不安薬は避け、また休薬が困難なことがあるのでパニック障害の第一選択薬とされるSSRIも避ける。



おもな心理療法(『好きになる精神医学』講談社111を改変
200種類以上の心理療法があると言われています。

心理療法名 方法 特徴 対象状態・病名
行動療法 段階的な目標を立て、心の病気によって萎縮した心理状態を行動によって整え、回復させる。 習慣化した不適応行動の修正 不安障害・摂食障害
認知療法 ゆがんだ認知の誤りを修正し、病気の治癒や再発を目指す。 認知を変えることで行動が改善 うつ病・不安障害
自律訓練法 自己催眠を応用して緊張をやわらげる。 心身のリラクセーション うつ病・不安障害・ストレス状態
森田療法 不安を感じながらも本来やるべきことを実行する。 あるがままに不安と共存することで不安は解消 不安障害・心気症
箱庭療法 砂の上に人形や建物、動物などのパーツを並べる。 問題点を見つけ出すための非言語的な自己表現法 子どもに多い不安障害、統合失調症、知的・身体的障害
カウンセリング 治療者が積極的に傾聴 本来の自分の発見 軽うつ状態・不安状態・ストレス状態
精神分析療法 自由連想法や夢分析 親子関係を分析することで心理的な問題の原因を明らかにする。 いわゆる神経症
グループ精神療法 グループ活動を通して人との交わりの体験 孤立を防ぎ、同じ障害を持つ人々との連帯感を高める。 不安障害をはじめとした多くの障害


 主な不安障害の薬物療法(一部抜粋)
(
『今日の治療薬』南江堂頁622、625、626、648等参照)

名称 薬剤名 適応症
@選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI) 塩酸パロキセチン水和物
(パキシル)
うつ病・うつ状態、パニック障害
マレイン酸フルボキサミン(ルボックス、デプロメール) うつ病・うつ状態、強迫障害
塩酸セルトラリン(ジェイゾロフト) うつ病・うつ状態、パニック障害
Aセロトニン-ノルエピネフリン再取り込み阻害薬(SNRI) 塩酸ミルナシプラン
(トレドミン)
うつ病・うつ状態
B三環系抗うつ薬(TCA) 塩酸イミプラミン
(トフラニール)
精神科領域におけるうつ状態・うつ病、遺尿症
塩酸クロミプラン
(アナフラニール)
精神科領域におけるうつ病・うつ状態、遺尿症
Cベンゾジアゼピン系薬物(BZ)
短時間型
エチゾラム
(デパス)
神経症・うつ病・心身症の不安・緊張抑鬱・睡眠障害など
中間型 アルプラゾラム
(ソラナックス)
心身症の身体症候・不安・緊張・抑鬱睡眠障害
長時間型 ジアゼパム
(セルシン、ホリゾン)
神経症・うつ病・心身症の不安・緊張・抑鬱など
超長時間型 ロフラゼプ酸エチル
(メイラックス)
心身症・神経症の不安・緊張・抑鬱、睡眠障害
Dアザピロン系薬物(AZ) クエン酸タンドスピロン
(セディール)
心身症の身体症候・抑鬱・不安・焦燥・睡眠障害、神経症の不安・恐怖

良く使われる睡眠薬の分類と特徴『今日の治療薬』南江堂頁630、631引用)
一般名 商品名 効果
(分)
持続
(時間
備考
バルビツール酸系睡眠薬 ペントバルビタール(短時間型) ラボナ 20〜30 1〜2 検査時の睡眠、麻酔前投薬、精神病患者の鎮静
アモバルビタール(中間型) イソミタール 20〜30 4〜6 アルコールとスルホニール尿素類の作用促進、抗凝固薬とフェニトインの作用抑制
フェノバルビタール(長時間型) フェノバール 60〜120 7〜9 連用により蓄積。もっぱら抗てんかん薬として使用
ベンゾジアゼピン系睡眠薬 トリアゾラム(超短時間型) ハルシオン 10〜15 半減期3 翌日への持越しが少ない。耐性・反跳性不眠・健忘に注意
ブロチゾラム(短時間型) レンドルミン 15〜30 7〜8 自然な眠りに近いスムーズな入眠。健忘に注意。
ロルメタゼパム(短時間型) ロラメット、エバミール 15〜30 6〜8 高齢者に適する。
リルマザホン(短時間型) リスミー 30〜60 7〜8 不眠・麻酔前投薬。体内で数種のベンゾジアゼピンに変化。高齢者に適する。
フルニトラゼパム(中間型) ロヒプノール、サイレース 30 6〜8 翌日への持越しが少ない。耐性・反跳性不眠に注意
ニメタゼパム(中間型) エリミン 15〜30 4〜8 安定した睡眠 長時間作用型は翌日への持越しに注意。中止後の反跳性不眠や不安は短時間作用型に比べ少ない。

中・長時間型はうつ病や統合失調症の不眠に適する。
エスタゾラム(中間型) ユーロジン 15〜30 4〜6
ニトラゼパム(中間型) ベンザリン、ネルボン 15〜45 6〜8
フルラゼパム(長時間型) ダルメート、ベノジール 15 6〜8 自然睡眠に近い。麻酔前投与
ハロキサゾラム(長時間型) ソメリン 30〜40 6〜9 残眠感が少ない。
クアゼパム(中・長時間型) ドラール 15〜60 6〜8 不眠・麻酔前投与薬、筋弛緩作用が弱い。

食物と服用すると血中濃度が2〜3倍上昇する。
非ベンゾジアゼピン系睡眠薬 ゾピクロン(超短時間型) アモバン 15〜30 (半減期)4 深睡眠(ステージ3,4)を回復する。
ゾルピデム(超短時間型) マイスリー 15〜60 (半減期)2 短時間型ではあるが、反跳性不眠が少ない。
ブロムワレリル(中間型) ブロバリン 15〜30 3〜6 軽い不眠に良い。耐性・依存性あり。大量で呼吸抑制。
トリクロホス(超短時間型) トリクロリール 30〜60 50〜60分 脳波、心電図検査における睡眠。依存性あり。
抱水クロラール(中間型) エスクレ、抱水クロラール 15〜30 40〜70分 痙攣重積状態。脳刷検査。依存性あり。
その他 レボメプロマジン ヒルナミン、レボトミン 数時間 個人差が大きい。持続性がある。
クロルプロマジン ウインタミン、コントミン、ベゲタミンA,B 数時間 ベゲタミンはクロルプロマジン、プロメタジン、フェノバルビタールの合剤。
アミノトリプチン トリプタノール 少量で催眠作用
ハロペリドール セレネース 5分(C) 3〜5(C) 循環器系への影響が少ないが、錐体外路症状を伴う。
抗ヒスタミン薬 アタラックス 30 8〜12 抗ヒスタミン薬としての持続は24時間

 特定の恐怖症の治療(この項目は『メルクマニュアル家庭版 恐怖性障害』より転載。)

特定の恐怖症は、恐怖感の対象や状況を避けることによって対処できます。治療が必要な場合は曝露療法を行います。心理療法士は治療が適切に行われていることを確認する助けとなりますが、心理療法士がいない場合でも曝露療法は実施できます。血液や針に対する恐怖症がある人にも、曝露療法で大きな効果がみられます。たとえば、採血時に失神してしまう人の場合は、針を血管に近づけ、心拍数が下がりはじめたら離します。これを繰り返し行うことにより、次第に正常な心拍数が保たれるようになり、やがては採血しても失神しないようになります。

特定の恐怖症に薬物療法はあまり効果がありません。ただし抗不安薬のベンゾジアゼピンは、飛行機に乗るのが怖いといった恐怖症を短期間だけコントロールするには有用です。


歯科治療恐怖階層表の例 
段階 対象行為 恐怖レベル
歯科治療の予約をする 0.5
歯科医院へ行く(抜歯以外の予約で) 0.6
待合室で待つ 1
診療室に入る 1.2
治療椅子に座る 1.5
衛生士が近くに座る 2.0
歯科医師が近くに座る 3.0
隣の治療の音が聞こえる 3.1
レントゲン撮影をされる 3.5
10 デンラルミラーを口の中へ入れられる 4
11 バキュームで吸引される 4.2
12 笑気吸入鎮静法のマスクを装着される 4.3
13 抜歯の予約日に歯科医院へ行く 4.6
14 ラバーカップでステイン除去される 5
15 表面麻酔をされる 5.1
16 ラバーダム防湿 5.3
17 ハンドスケーラーで歯肉縁上歯石を除去される 5.5
18 超音波スケーラーで歯石を除去される 6
19 5倍速のエンジンで歯を削られる 7
20 タービンで歯を削られる 8
21 伝達麻酔をされる 8.2
22 左下6の抜髄 8.3
23 タービンで歯を削られる 8.5
24 歯周外科手術 9.0
25 下顎埋伏智歯の抜歯 9.2
27 インプラントの手術 10.0

これはある歯科恐怖症の患者さんに、一連の治療行為が終わったあとに、各治療行為について、不安の強さを評価してもらった例です。恐怖レベルはその患者さんが初診のときだったら感じたと思われる恐怖感の強さを想像して、もっともその治療を受けるのが怖いと感ずる治療行為の怖さを10として評価していただきました。
実際の歯科恐怖症の治療では、治療を行う前に怖いと思う対象行為を列挙してもらい、さらに恐怖感の弱いものから最も恐怖を感じる対象まで並べてもらい、各々に10点満点で点数をつけてもらいます。このステップで不安を感じる自分を徐々に客観視できるようになっていきます。