2005.11.5 透析患者の歯科治療を受ける際の注意点
相澤病院 透析・腎不全センターセンター長 神應 裕(かんのう ゆたか)先生
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神應 裕 先生ご略歴:
 <はじめに>
透析患者が全国で24万人を超え、長野県でも4千人となっております。更に患者年齢が高齢化し、歯科診療をお願いする事例が多くなっていると思います。
今回、松本歯科医師会会員の皆様に上記のテーマで説明をさせて戴ける機会を与えて戴いたことに感謝申し上げます。

<透析患者が歯科治療を受けるに当たっての問題点>
#1 観血的治療(抜歯、歯石除去等)を行なうタイミング
#2 出血
#3 麻酔
#4 薬剤(特に抗生物質)
#5 点滴・採血のルート
#6 感染症(HBs抗原、HCV抗体、ワ氏)の確認

<各項目の解説>
#1 観血的治療(抜歯、歯石除去等)を行なうタイミング
 大半の透析患者が、週3回(月水金または火木土)の透析を受けています。透析間隔が2日開いている曜日(例えば、火木土なら月曜日)には観血的治療を避けて頂きます様にお願いします。体重増加(全身浮腫)や血圧上昇、又、血清K値の上昇が懸念されるからです。従って、透析日が月水金であれば、火or木曜日の午前中、火木土であれば、水or金曜日の午前中に御願いしたいのです。午前中の意味は、相澤病院であれば、抜歯等の観血的治療をして戴いた後に透析センターに来ていただき、血清K測定をし、K上昇等の問題があれば透析を行なうからです。

#2 出血
 観血的治療(抜歯、歯石除去等)に伴い出血がある、又は出血が続くことがあれば、
高K血症を起こすことがしばしばあります。その理由は、血液を嚥下すると、赤血球の破壊とともに、血球内に存在するKが放出され、それが吸収される為です。
透析患者では日常的に食事中のK摂取による高K血症傾向があり、更に血液の嚥下によるK上昇が加わると重篤になる恐れがあります。重篤な高K血症の症状は、筋力低下、徐脈、心室細動、心停止であります。
透析ではヘパリン等の抗凝固剤を使用することで、出血傾向を生じます。従って、観血的歯科治療の前後では、透析に用いる抗凝固剤を減量したり、低分子ヘパリン・フサンの様な出血傾向が軽微な薬剤に変更する必要があります。
又、Kを多く含む食材の制限や、消化管でのK吸収を抑える為にイオン交換樹脂(カリメート、ケイキサレート)の服用も行います。こうした準備の為に、観血的治療の日時を
事前に、歯科医の先生と打ち合わせることが必要となります。

抜歯に際しては、止血を念入りにし、必要に応じて抜歯部の縫合もお願いしたいと考えております。
抜歯以上に困るのが歯石除去です。歯周病予防に欠かせない事は重々理解しております。しかし、歯石除去の後、oozingによる出血が続き、止血に難渋することがあります。
当科では、そうした際には、処置用ボスミンの塗布、サージセル綿の歯間への巻き付け、止血剤(トランサミン、アドナ)の投与(静注、内服)等を行いますが、なかなか思う様に止血ができない症例もあります。歯石除去を行う際には、やはり事前にご連絡を戴き、
先に延べました様な準備をして臨みたいと存じます。又、1回で全ての歯石を取らず、数回に分けて頂けますと、出血のリスクが減ると思われます。この点もご留意戴けますと幸です。

#3 麻酔
 歯科で行われる麻酔に関しては、透析患者に対しても通常の麻酔で問題は生じないと思われます。

#4 薬剤(特に抗生物質)
 透析患者では、腎排泄型の薬剤は蓄積する傾向があります。肝代謝・糞中排泄の薬剤では通常の使用でかまわない。
〈経口薬〉
@ セフェム系・ペナム系(セフゾン、アンピシリン等):通常量(3T/日)であれば問題ない。
A ニューキノロン系(タリビット、クラビット、シプロキサン、スパラ等):タリビット、クラビット、シプロキサン等は腎排泄型であり、減量が必要です。通常3T/日使用する処を2T/日にして下さい。タリビットは蓄積により四肢振戦や痙攣の副作用があり、避けていただきたいと存じます。クラビット、シプロキサンでは、こうした副作用が軽減されており、2T/日であれば問題を生じないと思われます。スパラは、肝代謝・糞中排泄ですので、通常量(1〜2T/日)でかまいません。
又、ニューキノロン系は、金属を含む薬剤と一緒に服薬すると、吸収が阻害されます。透析患者は大半が炭酸カルシウム等を内服しておりますので、吸収阻害が発生すると考えられます。食間投与でお願いします。
更に、ニューキノロン系では、フェニル酢酸系(ボルタレン、フェナゾックス等)及びプロピオン酸系(ロキソニン、ペオン、ロピオン等)の非ステロイド消炎鎮痛薬と併用すると、痙攣の副作用を生ずる可能性が高いとされており、これらの併用は禁忌となっており、注意が必要です。
B マクロライド系/テトラサイクリン系:肝代謝・糞中排泄であり、通常量の投与でかまいません。

〈注射薬〉
@ セフェム系・ペナム系:腎排泄型であり、通常使用量の半量投与で充分であります。1g/日で良いと考えます。セフォペラジン、スルペラゾンは、肝代謝・糞中排泄が主体であり、2g/日でも投与可能です。
A マクロライド系/テトラサイクリン系:肝代謝・糞中排泄であり、通常量の投与でかまいません。
B カルバペネム系:腎排泄型であり、通常の半量投与(0.5〜1.0g/日)にする必要があります。
C バンコマイシン、アミノグリコシド系:投与量、投与間隔に細かい取り決めがあり、血中濃度のモニターも必要となります。透析科での診療が必要となります。


#5 点滴・採血のルート
 透析患者では、左右いずれかの上肢に内シャントがあります。点滴・採血を必要とする場合、内シャントの設置していない腕又は下肢の静脈を使用して下さる様にお願いします。

#6 感染症(HBs抗原、HBC抗体、ワ氏)の確認
 透析患者では、年に1〜2回はこれら感染症のチェックを行っています。観血的処置の際に連絡がなければ、事前に御確認下さい。